「ほら、もっと口開けろ」

「んん……や」

「や、じゃねえだろ。開けなきゃ無理矢理こじ開けるぞ」

「それはやっ……っんむ!?」

白銀の少女は、口内に広がった苦い味に、思わず眉を寄せた。

噎せかえるような苦さに吐き出そうとしたが、漆黒の青年の大きな手によってがっちりと頬は固定されていて、そのままそれを飲み込むしかほかない。

「……っぅ、ん!」

こくり、と飲み下すとともに酷い脱力感に見舞われ、青年の広い胸の中に力なくぽすりと倒れた。

「……お前でも風邪なんて引くんだな」

胸の中の小さな少女の頭を、よくやったというように優しく撫でた青年は、ぽつりと呟いた。

「何?なんとやらは風邪引かないって言いたいの?黒銀」

そんな青年、黒銀に眉を寄せながら唸る少女は、名を白雪という。

「そうは言ってないさ」

そう、その白雪は今、風邪を引いて寝込んでいるのだ。

ごく最近、白雪、そして魅蜻の旅に黒銀、翡翠が加わった。

旅と言ってもあて無き旅なのだが、とりあえずは今まで通りに町や村を訪ねてはふらふらしてきた。

今回は賭博、つまりカジノで有名な大きな町にやって来た。

その時にはすでに気だるい気はしていたが、気にしてはいなかった。

昼食をとり、町に興味を示している魅蜻を翡翠が連れだし、それじゃあと自分は宿で寝ていたら、次第に目が回ってきて、この様だ。

同じく部屋にいた黒銀が心配してくれたのが、大丈夫と言い張っていた。のはいいが、彼にはお見通しだったようだ。

「薬持ち歩くなんて、随分準備がいいんだね」

先程飲まされた、大嫌いな粉薬を思い出して苦虫を噛み潰したような顔をする。

「あれは翡翠のもんさ。あいつは用心深い奴だからな。何かと助かるぜ」

確かに、黒銀が薬を持ち歩くことをあまり想像は出来ない。

「さすが……。でもあれ不味いよ」

「美味い薬なんかあるか。あれ、かなり効くぜ」

熱を帯びた体をやんわりと抱き締めながら、幼子をあやすように少女の背を撫でた。

「……黒銀は、観光に行かないの?」

「お前を放っていけるかっての」

ずっと思っていた疑問を口にしてみるも、ぴしゃりと返された。

「……それに、俺はお前の傍にいれるだけでいい。観光なんかよりも、何百倍も楽しいさ」

変わっているなと、白雪は思った。化け物と呼ばれる自分の傍にいるのが、観光よりも楽しいとは到底思えない。

「……お前が元気になったら、二人で町廻ろうぜ」

黒銀の腕の中が心地好くて、素直にこくんと頷いてはその大きな胸に凭れてみた。

「珍しいよな、お前の甘える姿」

いつもならどこか人を寄せ付けない雰囲気をしている白雪。

否、甘え方を知らない子供みたいに感じることすらある。

「……ごめん」

甘えることを悪いと思っている少女を優しく包み込んで、苦笑した。

「ばか。俺としちゃあ嬉しいんだよ、お前が俺に甘えてくれてるんだから」

その気遣いに、じんと胸が熱くなる。

(……優しいんだなあ)

ぐるぐると回る頭で、そんなことを思いながらも、黒銀の腕の中は中々心地が好いもので、次第に意識は遠退いていった。



自分の腕の中で、少々息苦しいが、規則正しい寝息を立てる白雪をベッドに優しく寝かせ、黒銀はうっすらと汗の滲んだ少女の額に濡れた手拭いを乗せた。

こうして見ると、まるで幼い子供のようなのに。

彼女の苦しみは、きっと想像を遥か上回るのだろう。

最近、白雪は魅蜻に向ける笑みを、ようやく自分や翡翠にも向けるようになってくれた。

その笑みはあどけなくて儚くて愛らしい。魅蜻が彼女に惹かれた理由がよくわかる。

そんな笑顔を見せてくれる白雪に、自分を信用してくれていると思っていいのだろう。少なくとも今はそう思いたい。

自分を化け物と呼ぶ少女。

──化け物なんかじゃない。

自分には、この少女が化け物だなんて思ったことは、一度もない。

寧ろ、初めて見た時、天女かと思った。──らしくないが。

自分の目に、輝かしい、まるで天使のように見えるのだ。

護ってやりたい、純粋にそう思った。

「……っ、ぅ……」

蚊の鳴くような弱々しい呻き声が聞こえ、そちらに目をやると、白銀の髪をベッドに散らせた少女が苦悶の表情を浮かべていた。

「──……が、う……ちがう、わたしは化け物なんかじゃ……」

「……──!」

抱き締めたい衝動を抑えながらも、シーツを固く握る少女の小さな手をきゅっと握った。

「お前は化け物なんかじゃないさ」

「……黒、銀」

うっすら開いた白銀の瞳に、沢山の傷が見えたような気がした。

いつも飄々としていて、元気で、笑っていて。

「……ずっと傍にいる。お前は独りじゃないんだ、白雪」

「……ん」

意味を理解しているのか、それとも寝惚けているのかはわからないが、いくらか和らいだ白雪の表情にほっとした。

「もう少し寝とけ。ずっとそばにいるから。おやすみ」

「……おやすみ」

再び閉じられた瞳。

その後、いつの間にか眠りに落ちた黒銀は、しっかりと白雪と手を繋いでいたのを、帰ってきた魅蜻と翡翠にばっちり見られたのは言うまでもなかった。

その日を境に、黒銀が白雪に近づくのを阻止するように度々、魅蜻は邪魔をするのだった。



END.

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