*白雪*

魅蜻と翡翠が去った後、わたしはどう暇潰しをしようかと空を仰いだ。

「……お前、名前は?」

「……ああ、名乗ってなかったっけ」

低い、よく通る声にいきなり声をかけられるも、そちらを見るわけでもなく答えた。

あからさまどうでもよさそうな答え方に、黒銀が肩を竦めたのを視界の端に捉えたが、気にはしなかった。

「白雪」

「……見た目通りだな」

そんな呟きに、私はわたしかに目を細めた。

「……そうだね」

抑揚のない声音で呟き、わたしはあてもなく歩き出す。

「どこに行くんだ?」

後ろから声を掛けられるが、歩調を緩めることなく足を動かす。

「どこかわかんないけど、じっとしてるの暇だから。着いてこなくていいよ」

それでも後ろに着いてくる気配を感じ、溜め息をつきたくなった。

毎度のことながら、好奇心だけで近付かれるのは好きではない。

身長差により、直ぐに追い付かれたわたしは、もう振り払うことも面倒になり淡々と歩く。

「なあ白雪」

「……なに?」

不意に名前を呼ばれ、拍子抜けした顔を彼に向けた。

すると腕をやんわり掴まれた。

「きゃ……黒、銀?」

突然のことに目を瞬かせていると、黒銀は口の端を吊り上げて笑った。

「やっと目を向けた。……もっと笑えよ」

「……わたしはいつでも笑顔だよ」

そう言って、にこりと笑んだわたしを見下ろして、黒銀は肩を竦めた。

「……そんな嘘臭い笑顔、見たくねーさ。それはお前が貼り付けてる仮面の顔だろ」

思わず笑顔も忘れ瞠目した。

こうも簡単に見抜かれることなんて初めてなので、言葉も忘れたように間抜けにも黒銀を凝視した。



*黒銀*

先程出逢ったこの少女がどうしてこんなにも気になるのか、わかった気がする。

幼く愛らしい顔に、どこか冷めたような涼しげな瞳。

そして、このくらいの歳の少女には似合わないだろう、綺麗すぎる笑顔。

それは作られたもので、瞳の奥には哀しみさえ見られる気がした。

触れたら壊れそうで、それでも触れなければ消えてしまいそうで。

ゆっくりと伸ばした手が捉えた腕は細く、僅かにも力を籠めれば折れてしまいそうだと思った。

「……そんな嘘臭い笑顔、見たくねーさ。それはお前が貼り付けてる仮面の顔だろ」

口を突いて出た言葉に、白雪は破顔した。

それがあまりにも可愛らしく思えた。

「は、離して……」

ふと我に返った少女は、捕まれた腕を振り払おうとしてみるも、俺は離さなかった。

どうしてか、離したくないのだ。それどころか、この腕に閉じ込めたいとすら思った。

「嫌、って言ったら?」

「……わたしに触ると呪われるよ」

そう言った少女の顔が、平静を装っている割りには泣きそうに見えた。

“呪う”ではなく“呪われる”と言った少女は、きっと想像を遥かに超える苦しみを抱えて生きてきたのだろう。

「……呪われねーよ。俺は、お前の髪の毛も、その大きな瞳も、綺麗だと思う。俺は好きだぜ?」

この言葉に偽りはなかった。確かに珍しい色だが、奇妙よりは綺麗の方がしっくりくる。

するとこれ以上にないくらい目を瞠った少女。

そして、ふっと目を細めて、柔らかい笑みを見せたのだ。

「……っふ、変な人だね」

それを見た途端、胸の奥がかっと熱くなった。

固まる俺に白雪は首を傾げた。その表情に、もう警戒の色が見えなかった。

すると、背後から馴染みのある声に、名前を呼ばれた。

────
──


「黒銀、ただいま戻りました」

戻ってきた翡翠と、魅蜻。

「……お取り込み中でしたか」

「……は?……違う!」

ぽかんとする黒銀だが、理解するとばっと手を離して否定した。

「……で、どうだったんだよ?」

こほんと咳をして聞いた黒銀に、魅蜻と翡翠は顔を合わせた。

「勿論、優勝ですよ」

「……金四枚」

「わー、おめでとう!」

二人はどこか得意気な雰囲気を醸し出している。

魅蜻に至っては、どこか嬉しげな表情だ。

白雪はそんな魅蜻に目を細めながらも、ぱちぱちと大袈裟に拍手してみせた。

しかし二人並ぶと本当に絵になるなと、白雪は感嘆した。

「これは後で山分けしましょう。それよりまず、腹ごしらえしませんか?」

「お、そりゃ俺も同意だ」

翡翠の提案に、黒銀の同意によって、四人はレストランに向かうことにした。

魅蜻も白雪も、腹が減っていた為文句一つ言わなかった。




四人は広い町を歩いていた。

賑やかな町並みに、魅蜻も白雪も、知らず知らずに目を奪われていた。

「……白雪」

「ん?なあに?どうしたの、魅蜻」

くい、と着物の袖を魅蜻に引っ張られ、白雪は肩越しに振り返った。

すると魅蜻は傍にあった屋台に並べられた小物を一点に見つめたまま、それに指を指して口を開いた。

「あの髪飾り、白雪に似合う」

よく目を凝らして見ると、それは真っ白な桜の簪だった。

「……魅蜻」

そんな魅蜻に胸がじんと温かくなり、思わず笑みが溢れてしまう。

「だったら、わたしはあの黒い薔薇のペンダントのが魅蜻に似合うと思うな。──後で買ってあげるから、とりあえず先に何か食べようね」

くしゃりと優しく魅蜻の頭を撫でて、白雪は簪に向けられたままの腕を引いて歩き出した。

手を引かれ嬉しそうな顔をした魅蜻は、刹那その手に突き飛ばされ、気が付けば翡翠の胸の中にいた。

「っ、しら、ゆき……?」

何事かと慌てて振り返ると、黒ずくめの男数人に囲まれていた。

「……──白雪」

またか、と魅蜻は目を伏せた。

道中幾度も遭遇してきた彼等には、魅蜻も見覚えがあった。

白雪は賊だと言って笑って受け流し、すぐに倒してしまうから誰なのかはわからないが、彼女の命を狙っていることは、魅蜻にもわかった。

「おい、白雪!こいつらは一体何なんだ!」

男達に囲まれる白雪に黒銀は声を掛けた。

腕っぷしには自信がある黒銀にも、忍のような彼等の気配に気付くのは白雪よりもやや遅れた。

「さあ?ストーカーかな。……町中に刃物持って追い掛けてくるのはさすがに重たいなあ」

へらり、と面倒臭そうに笑って、白雪は頭を書いた。

「……ほんと、わかんねえ女だぜ。翡翠!魅蜻、だっけ。そこの嬢さん護っとけよ!」

ぼそりと呟いた黒銀は、翡翠にそう告げるなり、白雪の元に駆け出した。

だが勿論簡単に通してくれるわけもなく、槍やら刀やら薙刀やらを構えた男達が黒銀の前に立ちふさがった。が、呆気なくも彼の蹴りで地面に散った。

「女一人に大勢、それも武器持ちなんてのは無粋じゃねーか?」

地面を蹴って軽やかに跳躍した黒銀は倒れた男をひょいと越え、白雪の背に背を預けるような形で着地した。

「数は九人……だったけど、七人になったね。素手でいける?」

「お前も素手じゃねーか。下がってろよ」

「問題ないよ。黒銀こそ下がってて」

「ああん?男の俺が引き下がるわけねーだろっ」

「女だからって見くびらないでよねっ」

いつの間にか口論しだした二人に、これ見よがしに男達は飛びかかる。

「「邪魔!!」」

が、数分で全滅した。



────
──




「で、何で襲われんだよ?」

「……知らない人」

「嘘つけ!」

白をきるつもりだが、この男は中々しぶとかった。

「……教えてくれ。一度関わったことなんだ。このまま放っておくことなんか出来ねーんだよ」

「……ええ、女性が狙われたなどよっぽどの事情があるのでしょう。それに、今日限りとは思えない」

口には出さないが、魅蜻も同じだった。

ずっと知りたくて、でも聞けなかったから。

「……白雪」

魅蜻の小さな呼び掛けに、ついに降参したように溜め息をついた白雪は、渋々と口を開いた。

「……わたしには、異質な力があるんだよね。それは強力で、危ないから……そんな化け物を国は飼いたくないんだろうね。だから始末しようとする。ただ、それだけ」

簡潔に言われ、一同は息を呑んだ。

「……だったら、だったら俺が護ってやるよ」

「……は?」

黒銀の唐突の提案に、白雪は間抜けにも口を開けて聞き返した。

「あのね、わたしは化け物なの。そんな簡単に殺られたりしないし、護ってなんかいらない」

「魅蜻は、護れるのか?」

一番突かれたくないけとを聞き返され、白雪は僅かに眉をひそめた。

「……護る」

「二十や三十の数が、それ以上が来たら、絶対に魅蜻を護れるとは言えないだろ?」

少し間が空いた白雪をじっと見て、黒銀は言った。

「…………」

鋭い瞳に、思わず目を奪われそうになる。

「……魅蜻は、どうしたい?」

「……来て、ほしい。白雪が危ないのは、嫌……」

「……魅蜻」

瞠目した白雪と魅蜻を交互に見比べて、黒銀はにやりと笑った。

「決まり、だな」

「これから宜しくお願いしますね」




END.

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