*魅蜻*
何とか無事エントリーをし、待ち時間の控え室。
部屋にいる人の多さに思わず顔をしかめてしまう。前より平気になったとはいえ、人は苦手だ。人は──怖い。
「……──平気ですか?」
不意に隣から声を掛けられ、びくりと肩を揺らすもちらりとそれに目をやった。
金髪碧眼の、美しい顔が心配そうに私を見下ろしている。
「……平気」
これも白雪の為だと思えば何とか頑張れる。
呟くようにそう言った私に、彼、翡翠は目を細めて微笑んだ。
「……彼女の為ですか?」
彼女。それは白雪のことを言っているのだということがわかり、小さく頷いた。
「白雪に……恩返し、しなきゃ」
「恩返し、ですか」
「……白雪は私にたくさんのものをくれた」
彼女に逢わなければ自分は生きていなかったかもしれない。もし生き長らえたとしても、こんな風に毎日が楽しいと思うことが出来なかっただろう。
「それに、お金ないのも、白雪がこの服買ってくれたから……。だから、私が」
「……大切な人なんですね、魅蜻さんにとって」
柔らかい物腰に固くなっていた肩はだいぶ解れ、こくりと頷いた。
『ただ今より美女美男のコンテストを始めます。参加者は直ちに会場にお集まり下さい』
そこに、アナウンスが流れる。
ガタンガタン、と控え室にいる男女達は緊張した面持ちで椅子から立ち上がり、部屋を出ていってしまう。
それに続いて私達も立ち上がり、小さく頷き合ってから部屋を出て、会場に向かった。
*翡翠*
会場は思いの外広く、ぎゅうぎゅう、なんてことはなかった。
私は魅蜻と共にステージの脇の幕裏に立ち、手の中の数字が書かれた紙を見下ろした。
──二十三番。
コンテストで競う順番だ。参加している組は全部で二十三組。つまり、一番最後だ。
司会の挨拶から始まり、もう既にコンテストは始まっていた。
ステージではそこそこの美男美女達がポーズをとったりと、自ら達を精一杯アピールしている。
私はちらりと隣に並ぶ少女に目をやった。
緊張しているのが伝わるくらい、魅蜻は拳を固く握り締めていた。しかし顔は相変わらず無表情。
そんな彼女を、私はじっと見た。
魅蜻は、白雪という少女のことを口にする度、綺麗な微笑を浮かべる。──本人は気付いていないかもしれないが。
それほど彼女を想っているのだろう。
そう思うと、どこかあの冷たい笑みを浮かべた少女を羨ましく思えた。自分にもその笑顔を向けてほしい、と。
そんなことを考えていると、出番が回ってきた。
『魅蜻&翡翠ペア、どうぞ!』
司会の元気な声を合図に、私達はステージの真ん中まで出た。
わあっと歓声が耳をつんざいた。
魅蜻をちらりと見下ろすと、やはり端麗な顔が強張っている。
このままでも十分愛らしいのだが、ずっと固まっていては仕方ない。
私は魅蜻の腕を軽く引き、自分の胸に納めた。
「……っ」
(優勝、するんでしょう?私に任せて、自然体でいてください)
驚いて瞠目する少女に小声で言い聞かせた私は、魅蜻の柔らかな頬を両手で優しく包んで顔を近付けた。
そして、唇を合わせて見せる。──否、合わせて見せるふりを、した。
寸前で止めたが、周りから見ればしているように見えるだろう近い近い距離。
きゃああと黄色い歓声が会場を包んだ。
魅蜻は固まっている。
しばらくして顔を離し、そんな魅蜻の額にちゅっと口付けた。
「……──っ」
顔がみるみるうちに染まっていく魅蜻を見て、くすりと笑った。
──こんな顔も出来るんですね。
胸の奥深くが、疼いた気がした。
思わず顔が綻んだ。
2.END.