――面白くない。

確かに楽しいものではないかもしれないとは言っていたが、至極つまらない。

魅蜻はしかめっ面で、前を歩く歩く二人をじとりと見つめた。

翡翠の左腕にぴったりと寄り添うような晴花。二人揃って楽しそうに話をしている。

その間に入る隙もなく、魅蜻はただこうして無言で歩くしかなかった。――実に、面白くない。

――大体そんなにくっつくことないじゃない。

無意識に内心悪態をつき、きゅっと胸を抑える。なんだかもやもやして、気持ちが悪い。

「それで、慶浚ってば酷いんですよ」

「それは貴女が悪いんでしょう」

「あ、ひどーい」

……やっぱり白雪の傍にいればよかった。

激しく後悔しながら、ふと近くの菓子店が目に入る。

――菓子だ!

魅蜻は翡翠に手を伸ばして、止めた。そっと踵を返し、硝子張りの店に駆けていく。

――翡翠なんてしらない。ずっとその子と笑っていればいいんだ。

なんだかよくわからない感情がぐるぐると渦巻き、それを払うように菓子店に近づく。

ドアを押し中に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。

「いらっしゃいませ」

着物姿の女がにこやかに笑い腰を折る。魅蜻はびくりとするものの、すぐに店内の菓子達に目を奪われた。

和菓子と洋菓子がならぶ店は清潔感が溢れており、どれも目を惹くほど綺麗で色とりどりの菓子が揃っている。

白雪を連れてきたら間違いなく喜ぶだろう。

彼女はああ見えて、大の甘い物好きなのだ。

逆に魅蜻はそこまで好きではないのだが、それでも嫌いではない。甘いものは疲れを癒してくれる。

ポケットに入った布袋を服の上から確かめる。これだけあればいくつか買えるだろう。

普段から、自分で買うよりも早く白雪や翡翠、そして黒銀が買ってくれるので、あまりお金を使う機会がなかった。

育ちが育ちで、貧乏性というのもあるのだが、特に欲しいものも見つからないのだ。考えるよりも先に白雪が与えてくれていた。

「わ、これ、可愛い……」

硝子瓶に入った、星の形をした色とりどりの菓子。いや、菓子なのだろうか?こんなにも綺麗なものが食べられるのかとおもった。

「これ、金平糖っていうの。気に入りました?」

「わっ」

いつの間にか隣に立っていた店員の女が、にっこりと盆を差し出す。

「金平糖……」

「ええ、愛らしい形でしょ?色んな色がある砂糖菓子なの。おひとつどうぞ」

盆に乗った小皿の上の金平糖はきらきらとしていて、つい魅蜻は手を伸ばして、ひとつ、自分と同じ色の紫のそれを口に入れた。

「あま、い……美味しい」

優しい味というのか。元々菓子とは縁のない暮らしをしていて甘味には慣れていなかったが、これは美味しいと素直に思える。

「ふふ、そうでしょう。女の子には人気なのよ。それに色んな色の種類があるでしょう?それを花に見立て女性に贈る男の人もいるのよ」

花に見立て、とはまた風流がある伊達男がやりそうだ。なんて思い脳裏に浮かんだ黒銀の顔を、頭を振って掻き消した。

「これの、桃色の小瓶。それと、あれも……」

と、指差した先には、甘い香りを放っている菓子。籠に入ったそれは焼きたてなのか、ほくほくと湯気を立てている。

「クッキーね。どれくらい?」

「えと、小袋、ふたつ……」

あまりに美味しそうだから、自分の分も買ってみよう。

「はい、ちょっと待ってね」

そう言って手慣れた手付きで素早く袋に詰めていく女。

金を払い、菓子の入った袋を渡される。

「ありがとうございました。またね」

愛想よく見送られ、魅蜻は店を出た。

任務完了だ。

――どうしよう、かな。

当然二人は見失ったわけで。今更探すのも気が引けるし、一人で宿に戻っても白雪に心配をかけてしまうだろう。

はあ、と小さく溜め息をつき、とぼとぼと歩き出した。





「着きましたよ、魅蜻さ……」

広い露店に着き、後ろを振り返った翡翠は、思わず固まった。

……いない?

きょろきょろと周りを見渡しても、夜空のような少女はいなかった。

さっと翡翠の顔から血の気が引いた。

――しまった。

「翡翠様?」

隣で首を傾げる晴花。

「魅蜻さんが……!」

迷子だろうか。いや、もう何日もこの町を歩き回っているので、それはないだろう。とすると、もしかして拐われたかもしれない。前にもあったのだ。ないとは言い切れない。

――絶対に目を離さないと決めたのに。

それが、久しぶりにあったこの幼なじみとの話に花が咲いてしまい、つい気にしていなかった。

自分を呪いたい。なんて愚かなのだ。

「えーと、魅蜻ちゃんならだいぶ前に菓子店に走って行きましたよ?」

事も無げに首を傾げてさらりと言った晴花に、一瞬思考が停止してしまう。

「――気付いていたなら何で言わなかったんですか!」

自分でも驚くくらい鋭い声音に、晴花はびくりと肩を竦めた。

「だ、だって、あの白い子にお使い頼まれていたみたいだから、いいのかなって、思って……」

怒られた子供のようなたどたどしい喋り方に、つい毒気を抜かれてしまう。

「……菓子店にはもういないでしょう。私は魅蜻さんを探して来ますから、買い物頼みます」

「あ、あたしが探します。その方が早いと思うし……」

俯きしゅんとしたような晴花に苦笑を漏らし、昔そうしたみたいに、優しく頭を撫でてやる。

「そうですね、では貴女にお任せします。私は買い物を済まし広場にいますから、頼みましたよ、晴花」

「っ、は、いっ!」

元気よく返事をした晴花はたたっと走っていく。その後ろ姿を見ながら、翡翠は溜め息をついた。





ぶらぶらと歩きながら、クッキーをかじる。甘くて香ばしい味が口に広がる度、泣きたくなる。

――翡翠今頃、探してくれてるのかな。それとも私がいないこと、気付いてないのかな。

そう思うと、口の中は甘いのに心は苦く感じる。

「はあ……」

思わず大きな溜め息をつき、洟を啜る。

「あ、いたいた!」

びくり、と身体が強張る。

固まる魅蜻の前に、翡翠と同じ髪色をした少女が姿を現した。

「翡翠様が心配してたわよ。行こっ」

――なんでお前が来るの。

「……行かない」

二人で楽しんでればいいじゃない。口をついて出そうになった言葉を無理矢理呑み込み、つんと顔を背ける。

「嫌われたなああたしも。ね、お願い。連れて行かなきゃあたしが翡翠様に怒られちゃう」

勝手に怒られておけばいい。

翡翠の名前を気安く呼ばないで。

貴女なんて嫌い。

「……」

憤る気持ちとは裏腹に、魅蜻は俯いた。それを了承と見たのか、晴花はゆっくり歩き出す。魅蜻も仕方なく足を動かした。

「ごめんね、あまりにも久しぶりだったからつい話し込んじゃって。でもあたし、翡翠様にそういう気持ちはないからね?」

「そういう、気持ち……?」

そういう気持ちとはどういう気持ちだろうか。

怪訝げに聞き返した魅蜻に、晴花はきょとんとしてから、小さく噴き出した。

「あー、そっか。自覚ないんだ」

くすくすと笑う晴花にむっとしてしまう。意味がわからず笑われるのは気分が良いものではない。

「だから、何?」

「魅蜻ちゃん、翡翠様に恋をしてるでしょ?」

ドサドサっ。

「わ、魅蜻ちゃん荷物荷物!」

はっとして落ちた紙袋を慌てて拾い上げる。

――クッキー割れてなければいいけど。

なんて思いながも、心臓はばくばくとうるさく暴れている。

【魅蜻ちゃん、翡翠様に恋をしてるでしょ?】

――私が翡翠に、恋を……?





2.End.

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