まさか、本当に始末するのか。
そう思った刹那、金属が擦れあう激しい音が耳をつんざいた。
「っ、タイミング悪いなあ、君達も」
「白雪嬢……!」
見れば、いつもの黒ずくめの男達が、白雪を取り囲んでいる。
あんちゃんが悲鳴を挙げる。
数は五人、それぞれが得物を構えながら白雪に迫る。
「白雪……!」
駆けつけようとした黒銀は、新たに現れた忍に行く手を阻まれる。
かと思えば、こちらにも忍はやってくる。
「黒銀、わたしは大丈夫だからっ、魅蜻と翡翠を護って!!」
珍しく上擦った声の白雪に、舌打ちしながらも黒銀は応える。
こちらに刃物を向けた男を黒銀は刀の鞘で殴り倒す。
いつの間にか数は八人になっていた。
白雪のみならず、こちらにも襲ってくる。
翡翠は魅蜻を抱き寄せたまま、黒銀と対峙する男達をじっと見つめた。
大抵襲ってくるのは、日が落ちた時間帯なのだが。
今はまだ昼だ。それに、町中。
人の目が多い町中で襲ってきたのは、初めて出逢ったあの日以来なのだ。しかし、あの日は夕暮れだった。
だからはっきりとわかる。目の前の男達の姿が。
真っ黒い装束。顔の半分以上覆う布も漆黒。
手に持つ武器は、見る限り上等で。
翡翠は嫌な予感を覚えた。
「黒銀……」
今回の相手は中々手強いらしく、三人に囲まれた黒銀は苦々しい顔付きをしながら、白雪の身を案じるように幾度となく視線を送っている。
一方白雪は五人の男達と対峙している。
白雪の側で震え上がっているあんちゃんを護りながら戦う白雪は、傍目から見ても分が悪い。
どうにか出来ないか。
しかし、自分にはどうすることも出来ずに、翡翠は奥歯を噛み締めた。
この時ばかりは、武道がからきしな自分を呪った。
「あんちゃん!」
なんとか安全地にいる弟分らが兄分を呼ぶ。
「次郎!三郎!おめぇらだけでも逃げやがれ!」
「けどよぉあんちゃん!」
「俺もすぐに追いかける!」
そう言って立ち上がるあんちゃんの背中に、忍の長刀が振り落とされる。
「あんちゃん!」
弟分達が声を揃えて悲鳴を挙げた。
鮮血が舞った。
「今のうちに、早く逃げなさいっ」
「おめぇ……」
自分が斬られたとばかり思ったあんちゃんだったが、まったくの無痛に眉を上げ、そして自分を庇うように目の前に立つ少女を見て理解する。
「白雪――っ!」
魅蜻が悲痛な絶叫を漏らした。
そう、白雪の肩からは鮮血が迸っている。
「だいじょーぶだいじょーぶ。これくらい、かすり傷」
そう言ってけろりと笑う少女だが、額には玉のような汗が浮かんでいる。――あれは、深い。
しかし尚、刀を離さない白雪は、自分を斬った男の腹に刀で斬りつけた。
短い悲鳴を挙げて吹き飛ぶ男からは血が流れない。峰打ちだろう。
だがそれも束の間、他の忍が白雪の背後から刀を振り上げる。
「白雪嬢!!」
はっと後ろを振り返る白雪よりも、刀が振り落とされる方が早かった。
咄嗟に翡翠は魅蜻の顔を自分の胸にうずめた。
これは、やられる。
誰もがそう思ったが、刀が白雪を斬ることはなかった。
「お、女に刃物を向けるなんて、いくら俺でも許さねえぜ……!」
「貴様……!」
忍の手首を渾身の力で殴り付けたあんちゃんが、震えながらも白雪の背中に背中を合わせるように立つ。
「君……」
「女に護られちゃあ兄分の格好がつかねえからな!」
すると、弟分達も立ち上がり、援護に回る。
「さすがあんちゃん!」
「俺達も戦うぜぇ!」
それから十分程して、決着はついた。
「くそ……撤退だ!」
一人の忍の呼び掛けに、ぼろぼろになった彼らは素早く去っていく。
「待ちなさい……!」
翡翠が止める暇もなく、消えていった。
――あれは……。
「白雪!」
黒銀の声音に考えを中断し、白雪の元に駆け寄る。
「えっへへ、ちょっとヘマしちゃった」
しゃがみこんで左肩を押さえ笑う白雪の指の隙間からは、おびただしいほどの血が流れ、純白の着物を染め上げていく。
「白雪、白雪……!」
魅蜻が泣き出しそうな声音で彼女に呼び掛ける。
「大丈夫だから、そんな顔しないでよ。ほんとに、全然痛くないよ?わたしは、君に泣かれる方がよっぽど辛い」
魅蜻の頬に伸ばしかけた真っ赤に染まった手を、白雪は下ろして、もう一度へらりと笑った。
「く、そ……。医者はいねーのか!」
黒銀は、周りの野次馬に、吠えるように叫んだ。
「あ、あの、私、医者です!」
そう言って名乗り出たのは、先ほど軟派されていた女だった。
黒銀は頷き、白雪をそっと抱えあげる。
「父さん、この人達を家に案内して!」
その呼び掛けに応じるように、厳つい男が出てきた。
「あんた、武器屋のおっさんじゃねーか」
「ああ。こっちだ」
どうやら顔見知りらしい。
駆けていく黒銀達の後を、翡翠は魅蜻の手を引いて追いかけた。
命に別状はないと聞き、眠る白雪の傍でぽろぽろと涙を溢す魅蜻をあやしながら、翡翠も胸を撫で下ろした。
その隣で、何故だか兄弟も涙していた。その声がなんともうるさい。
「すまない、世話になった」
頭を下げる黒銀に、父娘はとんでもないと首を振った。
「この子が護ってくれていなかったら、わたしもきっと怪我をしてました」
「奴等が何者かは知らんが、あんな安い刀一本で、それも峰打ちだけで奴等を退けたこの娘にゃあ、驚きだな。……あの言葉は真実だったな」
男は、礼を言った。
「それで怪我していたら様ぁないですけども」
「白雪!」
いつの間に起きていたのか。
うっすらと片目を開けた白雪が、苦笑してゆっくりと起き上がった。
「あの、まだ……」
「大丈夫。……元はと言えば、わたしがあなた方を巻き込んだんです。あれの狙いはわたし。まさか、こんな真っ昼間から町中に襲いにくるとは思っていなかったが……。治療、感謝します」
父娘は息を呑む。その少女らしからぬ物言いに。
「えーと、あんちゃん?君も、ありがとう。助かったよ」
白雪が小さく笑うと、あんちゃんはぼろぼろと泣いた。――意外に涙もろいようだ。
「俺を庇って怪我したくせに、礼なんて言うなやい。女なのに、傷つけちまって……」
「軟派する割には中々優しいんだ。大丈夫、時期目立たなくなる」
くっ、と可笑しそうに笑う白雪に、あんちゃんは頬を赤く染めた。
その隣で、黒銀の眉が僅かに潜まったのが見え、翡翠は苦笑した。
「とにかく、今日一日はここでお休み下さい」
「でももう出発したいなあ、なんて……」
「白雪」
魅蜻が、怒ったように名を呼ぶ。
「何日でも我慢出来るから、だから元気になるまで動かないで」
そう、白雪はきっと魅蜻を退屈させたくなくて言ったのだろう。それがかえって怒られるとは。
「あー……」
「聞いてるの、白雪」
すると、白雪は参ったと言うように右手を上げた。
「わかったわかった。降参。……最近君の泣き顔や怒った顔しか見てないや。……そんな魅蜻も可愛いけど、やっぱわたしは君の笑った顔が好きだな」
苦笑して魅蜻の頬を撫でた白雪に、魅蜻は顔を赤くして俯いた。
――ちょっとそれは、わたしの役目なんですが。
なんですかこの雰囲気は、と翡翠は溜め息を吐きたくなった。
そして丁度自分と同じような、なんとも言えないような顔をした黒銀と目が合い、苦笑した。
2.END.