力強い腕は温かくて、思わず目を閉じそうになったが、 冷たい声音がそれを許さなかった。

「──そいつがお前の騎士-ナイト-なんだ」

ゆっくりとその声音の主に目を向けた。

口の端から垂れた血を舌で舐め取り、起き上がってこち らをじっと見つめていた。

黒く沈んだ瞳を、逸らすことなくしっかりと見つめ返し た。

「黒銀はわたしの仲間だよ」

襦袢の前を掻き合わせ、黒銀の胸を押してゆるゆると離 れる。

「こんなわたしでも、受け入れてくれる仲間が出来た」

だから、と続ける。

「おいでよ、こっちに。……復讐なんて、してもきっ と、報われないよ」

重い腕を伸ばして、隻影に手を差し伸べた。

漆黒の瞳が見開かれた。

「どうしてお前は……」

そんな呟きがぽつりと漏れた。

かと思えば、まだどこか幼さの残る青年の顔が歪み、憎 悪が満ち溢れた。

「化け物が人間と共存出来る筈がない。僕らには絶対的 な力がある。──お前はいつか、その仲間とやらを自ら の手で殺してしまう」

「────ッ!?」

自らの手で、殺してしまう。

「お前はきっと僕の元へ来る。……一時の幸福をあげよ う。──またね、白雪。精々おままごとを楽しむんだ ね」

憎しみと哀しみに歪んだ笑みを浮かべ、次の瞬間煙のよ うに、隻影は消えた。

途端、力が抜けて、白雪はその場にしゃがみ込んだ。

「白雪っ」

「大丈夫。大丈夫、だから……」

慌てて傍にしゃがみ込んだ黒銀に、顔を上げて小さく 笑った。

だが、真剣な瞳の彼に、笑顔はゆっくりと消えていく。

「…………ごめん」

喉の奥から、情けないくらいか細い声が漏れた。

「ごめんね……」

結局、隻影に何もしてあげられなかった。救ってあげら れなかった。

黒銀も、魅蜻も翡翠も、巻き込むことになるかもしれな い。

それとも、

──自らの手で、殺してしまうかもしれない。

「ごめんなさ……」

「白雪……ッ!」

両の頬を包まれ、名を強く呼ばれて、びくりとしてしま う。

「……謝るのは俺の方なんだ。すまなかった」

真摯な瞳に、どこか泣きそうな顔に、白雪は困惑した。

「どうして、黒銀が謝るの……?」

謝るべきは自分なはずなのに。

「……お前を、傷つけられて、俺は……、護ってやれな かった」

襦袢の上に、着物が羽織のように掛かっているだけの姿 の白雪をじっと見つめて、彼は悔しそうにそう言った。

「黒銀、わたし大丈夫だよ。怪我って言っても、これく らいだし」

両の手首についた手形。

「……ッ、ほんとお前って……」

やんわりと引き寄せられ、黒銀の腕にぽすんと収まる。

と思いきや、白雪の首筋に黒銀の顔がうずまり、思わず びくっとしてしまった。

「……あいつにも、同じことされたのか?」

そんな反応を彼が見逃すはずもなく、耳元に少しくぐ もった声が聞こえ、迷いながらも小さく頷いた。

「……どこまでされたんだ?」

どこまでって……。

「ただ、……」

言い淀む白雪に、黒銀は少し離れて怪訝げにちらり、と 白雪の腕や脚を見下ろし、くっきりとついた歯形に眉根 を寄せた。

「黒、銀……?」

顔が怖い、と指摘すれば、彼は一層苦い顔付きをした。

「お前なあ……」

呆れたような溜め息をついた彼に、白雪は首を傾げた。

何か悪いことをしたのだろうか。

「……」

「黒が……」

彼の名を呼び終える前に、ぐいと腕を引っ張られた。

「わ……」

不意を突かれ、身体は何の抵抗もなく黒銀に引き寄せら れる。

かと思えば、首筋にちくんと小さな痛みが走った。

「っあ……いた」

何事、と視線を下ろすと、意外にも間近にある彫りの深 い黒銀の顔にどきりとしてしまった。

「く、黒銀っ?」

「消毒だ」


隻影につけられたそれと全く同じ箇所に印をつけた黒銀 が、上目遣いでこちらを見上げて不敵に笑んだ。

その言い様のない色気に、思わず開きかけた口を閉じて 俯いてしまう。

「白雪」

低く甘い声音に呼び掛けられ、ゆっくり顔を上げると同 時に、唇を触れるように啄まれた。

「ん……、くろ……」

「これも、消毒、な」

それだけ言うと黒銀はゆっくりと白雪を地面に押し倒 し、もう一度口付けを……、

「何が『これも、消毒、な』、よ……!」

そんな怒声が頭上から降ってきたと思えば、視界から黒 銀が消えた。

(デジャヴ……?)

きょろりと見渡すと、愛しい少女が顔を真っ赤にして、 転がった黒銀を睨み下ろしていた。

「いって、おま……本気で蹴るこたねえじゃねーかっ」

脇腹を押さえながら起き上がった黒銀が、魅蜻に噛みつ くように反論する。

「黒銀、変態!不潔!!」

そんな言葉を本気で投げ掛ける魅蜻に、黒銀はなんだと と腰を浮かす。

「黒銀は元来手が早いですからね。今までが不思議なく らいなんですよ」

そう言って魅蜻の横に立ち、くすくすと笑うのは翡翠。

「てめ、どっちの味方だよ!」

「魅蜻さんです。」

「即答かよ、翡翠てめえ!」

さっきまで静かだった森が、一気に騒がしくなる。

白雪は起き上がりそんな光景をぽかんと見つめてから、 込み上がってきた熱いものを必死で飲み下し、くっと小 さく笑った。

三人が、一斉にこちらを見下ろした。

「──やっぱ、無理。手放せるわけないじゃん、こんな 面白い仲間を」

絶対に傷付けたりなんかしない。

不安がないわけではないが、それよりも離れる方が嫌 だ。

「絶対に護ってみせる──」

そう呟くと、三人は顔を見合わせて、苦笑した。

「ようやく旅が出来ますね」

「ほんと」

翡翠の言葉に、魅蜻が頷く。

それに、白雪と黒銀は顔を見合わせた。

「えー、と。ご迷惑をお掛けして申し訳ない。早速旅に 出る準備をします」

「このとーり、仲は直った──いや、寧ろ縮んだな」

黒銀はそう言うなりぐいと白雪を引き寄せた。

「わ……」

すっぽりとうずまり、それがなんだか妙に落ち着かず、軽く身動ぎするが、更に力強く抱き締められた。

「黒銀……!」

魅蜻が怒ったような、どこか拗ねたような声を出す。

「こらこら黒銀、そのくらいにしておきなさい」

翡翠の上品な声音が、遠くに聞こえた。

ゆっくりと、耳が音を遮断してゆく。

「あーあ、ほんっと翡翠って魅蜻の肩ばっか持ちやがる。なあ白雪、お前からもなんか……」

と、黒銀は白雪を見下ろして小さく目を見開いてから、ふっと苦笑した。

それに気付いた魅蜻も翡翠も、微笑む。

「姫さんが眠っちまったんじゃしゃーねえな。戻ろうぜ」

「ん……」

魅蜻は小さく頷いた。

黒銀は白雪をそっと抱え上げ、一同は宿に向かって歩き出した。

――何があっても皆はわたしが護るんだ。






2.END

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