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たちむ×ひろと
世界編のはじめのあたり
立向居って円堂に恋してるみたいだな、と言われたことがある。確かに円堂さんに会ったときとか握手したときとか円堂さんのムゲン・ザ・ハンドを見たときとか、凄く頬が赤くなって心臓がドキドキした。もっと円堂さんのことを知りたい、円堂さんに近付きたいと思った。だから、恋してるみたい、と言われたとき、オレは円堂さんに恋してたのか、とすんなり納得してしまった。でもそれはただの勘違いだった。だって、いくら頬が紅潮しても心臓が激しく高鳴っても、オレは円堂さんを守りたいだなんて思わなかった。守られたいとさえ思わなかった。憧れの延長、名前をつけるとしたらそれが一番しっくりくる。オレの守りたい人、恋している人は円堂さんじゃない、円堂さんしか見ていないあの人だ。
「流星ブレード!」
綺麗だ、と思う。サッカーだけの話じゃなくて容姿も立ち振る舞いも、雰囲気も。陽花斗中ではじめてあったときあまりの強さに身震いした。憧れの円堂さんがあんなりあっさりと破られてしまうなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。信じたくなかった、の方が正しいのかもしれない。強くて怖くて近寄り難くて。それでもただの、人間だった。吉良星二郎を庇う姿を見て、守りたいと思った。恐怖の対象でしかなかったグランがオレの中で守らなければならない存在となった瞬間だった。ヒロトさんが保護されてからオレは幾度となく眠れぬ夜を過ごした。彼は今どうしているのだろうか、元気にしているのだろうか、もう、会えないのだろうか、と我ながら女々しかったと思う。それがどうだろう、今、チームメイトとして同じフィールドに立っている。それなのに悲しいくらい接点がない。おまけにヒロトさんは円堂さんばかり見ている。ヒロトさんと親しくなれないぶんだけ、好きという気持ちが膨れあがっていくみたいで怖かった。この行き場のない気持ちが爆発してしまうのが何より恐ろしかった。
「ヒロトは、自分から打ち解けようとはしないタイプだから。待ってるだけじゃ何も変わらないよ」
つい先日、緑川に言われてドキリとした。待ってるだけじゃ、変わらない。その通りだと思う。好きとか、守りたいとか、それ以前に友達からはじめよう。先輩後輩という関係でもいい。まずはヒロトさんがオレを見てくれるように。話はそこからだ。
「き、……ヒ、ヒロトさん!」
「何だい?」
いざ実行してみると自分でも驚くくらい緊張してしまっている。目が合うなんて、もしかしたら、はじめてかもしれない。すいよせられるような瞳、淡く色づいた唇、薄く透き通った不健康な肌、間近でみるとこうも破壊力があるとは思いもしなかった。ばく
ばくと鳴り止まない心臓がもどかしい。
「え、円堂さんが呼んでました!」
…やってしまった。せっかく話しかけたのに円堂さんに逃げてしまうなんて。オレはどうしてこんなにも意気地なしで臆病なんだ!
「ありがとう」
にこりとヒロトさんは笑う。やっぱりこの人は綺麗だ。綺麗だけど、それは円堂さんに向けられる笑顔とは違う。オレが求めているものとも違う。それが何だか歯がゆくてしかたない。
「…オレ、立向居勇気って言います!」
「たちむかい、ゆうき」
好きな人から紡がれる自分の名前がこんなにもむず痒いものだとは思わなかった
。あの、だとか、えっと、だとかそればかりでなかなか次の言葉が見つからない。
「好きだよ」
「え」
「君の名前」
じゃあね、と言って、円堂さんのところに向かおうとするヒロトさんに、何か言わなければ、ここで何かしなければ、と激情がこみあげてくる。
「オレ、ヒロトさんが好きです!!」
抑えきれない感情が爆発したのか、無意識に叫んでいた。ぴたり、とヒロトさんは立ち止まる。自分のしでかしたことに固まっていると、振り向いたヒロトさんがふわりと笑った。
「ありがとう」
笑った顔は、可憐で、伏せた目蓋の隙間から覗く瞳は心なしか、歪んで見えた。
◆名前ごと愛して
10/11/04
ヒロトさんは立向居君の告白を名前だと勘違いしています。