何度も礼を述べて、千歳と俺は別れた。
泣いて笑って、今日は何だかとてもたくさんのことがあったように思える。千歳と喋る前に財前と一悶着あったことなどもう忘れそうな勢いだ。

ふと空を見上げれば、さっきまで空の上でせめぎあっていた橙と蒼が、今は蒼一色に変わっていた。帰り道はすっかり夜になってしまっている。

冷えた空気がまだ少し熱を帯びた瞼に気持ち良い。歩きながらウーンと伸びをしたら、背筋までピンと伸びる感じがした。

謙也が好き。
他の矢印に気を取られて、忘れそうになっていた大切な気持ち。
俺はそれを思い出した。

いつから謙也のことが好きだったのか。
それは出逢った最初からだった気もするし、再認識した今からのような気もする。
どうして好きになったのか、それにも何かきっかけがあった気がしたが、直感で好きになった気もしていた。
何もかも忘れてしまったけれど、とにかく、俺はどうしたって謙也のことが好きなのだ。
好き、好き、好き。
そればかり考えると頬が緩んできて、楽しい気持ちになれた。今すぐ、叫びたい。俺は謙也のことが好きなんだって全世界の人に教えたい。だけど叫んだって全世界には伝わらないし、謙也にもまだ伝えていないし、何より現実問題としてこの辺りに住んでいる人の迷惑になるだけなのでグッと我慢する。でも小さく好きと呟けば、おかしくて笑みが漏れた。

電灯の下、「この先Y字路」の標識を見つけた。俺は道の先に目を向ける。

この道の先には分岐点がある。
そこでどちらかの道を選んでも、きっとまたその先は何本にも枝分かれしているのだろう。
選択は連続する。

生きることは選ぶことだ。
おやつはぜんざいにするか、たこ焼きにするか。
そんな些細な選択から、自分の将来に関わる重大な決断まで、俺たちは常に何かを選ぶ。
それは何かを捨てるということと同義でもあって、時には「何を選ぶか」でなく、「何を捨てるか」を考えることもある。
生きている限り、選び続けなくてはいけない。それが重くのし掛かる日もあるけれど、選ぶことは生きているものだけに与えられた権利なのだと思う。

俺はもう迷わない。
力強く踏み出して、俺は俺の選んだ道へ行く。
目線を高く上げたら、蒼い夜空に星たちが瞬いていた。まだ決着もつかないのに、祝福されているように思えたのは何故だろう。

俺は謙也を選ぶけれど、
まだ終わりじゃない。
これが最後じゃない。
選択は終わらない。

俺が謙也を選んだら、今度は謙也が俺を選ぶか決める番だ。
もし付き合えたとしても、俺たちはそこから何度も選択をする。一人でも二人でも、生きている限り選び続ける。デートの場所から人生設計まで、考えなくちゃいけないことはたくさんだ。

いつも上手くいくとは限らない。
選んでも選ばれないこともある。
選んだ答えがハズレの時もある。

だけどそんなとき、自分の選択に責任を持って、後ろは振り返らない。
それが今を生きるということ。
そのときの俺が最良だと思って選んだもの、それは否定出来ないから。
過去であっても自分を否定することは、一番やってはいけないことだから。

もしあのときこうしていたら。
もしあのときあちらを選んでいれば。

ふとそう思ってしまうことは必ずあるだろう。けれどそんなときも、言い訳だけはしたくない。
選ばなかった選択肢を求めて、悔やむような真似は絶対にしたくない。
だから俺は悩む。
今を賭けて、全力で。

選んだ答えがハズレなら、そこからアタリに変えていけばいい。
失敗を教訓にして、次の選択に生かせばいい。

選ぶことに怯えるな。
生きることを躊躇うな。

明日、謙也に伝えよう。
俺が謙也を選んだこと。
俺の気持ちを伝えて、そこから先を謙也に委ねよう。
――選ぶことを選んだら、俺の前に一本道が現れた。だから今は何も悩まず、安心して進んでいける。

謙也のことだけ考えたら、久しぶりに心の底から楽しい気持ちが蘇ってきた。

何と言って謙也を呼び出そうか?

メールがいいか、電話がいいか、それとも明日直接言うか。

選択肢が広がって、でも俺はそれを選ぶのが楽しくてしょうがなかった。


結局、俺はメールを選んだ。
家に帰り制服のままベッドに腰掛けて、必死に打つ。

「会って話したいことがあるから、明日の放課後、屋上に来てほしい」

何度も文面に悩んで、打っては消すことを繰り返したけれど、最終的に普通の文章に落ち着いた。

送信ボタンを押してから、今やっと恋が始まった気がしていた。
送信完了の文字を見て大きく息を吐く。

「うえー、めっちゃ緊張した」

独り言を呟いて携帯を手放せば、自分の手が凄い量の汗を掻いていることに気が付いた。

俺、やっと選べたんや。

仰向けに寝転んで天井を見ていたら、だんだんと現実感と達成感が込み上げてきて、唐突に笑いだしたくなる。

俺は、選んだ。
謙也は俺を選んでくれるだろうか。
分からない。ここからは。
でも、出来ることまではやりきった。
選ばれなくても、恨まない。
そして、選ばれても驕らない。
どうなっても俺は現実を受け入れる。
謙也の選択を受け入れる。
俺は明日がただただ楽しみだった。


次の日の朝、鏡の前で自分の目をチェックして、俺は「いける」と思った。
空は快晴、非の打ち所がない。
昨日と何も変わらないようで、昨日とは確かに違う世界。いつもの通学路が今日はとても輝いて見えた。

学校に着く前に少し先を歩く謙也を見つけたけれど、声は掛けなかった。俺は決心を鈍らせないために、今日一日なるべく謙也と話さないつもりでいる。

教室に入って、前の方の席に着いている謙也の背中を見る。いつも朝のHRが始まるまで誰かとワイワイ騒いでいるくせに、どうしてか今日はおとなしく席に座っていた。どこか調子が悪いのだろうかと心配したが、その見当がハズレているとすぐに気付かされた。

謙也がチラリとこちらを振り返る。謙也は俺の席を見て、――俺と目が合って、慌てたように身体を前に向けた。
これはもしかして。
謙也は俺を意識しているのだろうか?
その考えに至ると、俺は嬉しくて堪らなくなった。

授業中も謙也は時々こちらを振り返り、俺をチラチラと見てきた。
バレてへんと思うとるんかしれんけど、モロバレやっちゅーねん。
心の中でツッコめば笑いで顔が引き攣るから、教科書を立ててやり過ごす。
好きな人から意識されるのが、こんなにも幸せなことだとは。
謙也の背中をずっと見つめていた。得意のシャーペン回しも今日は失敗ばかりしている。やめておけばいいのに何度も挑戦してそのたびシャーペンを床に落とすから、さっき先生に怒られていた。注意されたあと、チラリと俺に視線を向けるのも可愛くて、俺は必死に歯を噛み合わせて、「絶頂!」と叫びたいのを我慢する。
そんな風に昨日とは別の理由で集中出来なくて、今日もなかなかシャーペンの芯が減らなかった。

俺はその日一日、ずっと明るかった。
謙也が俺を選ばなかったら、と考えることさえ楽しかった。

選ばれなかったら、その先にあるのは「諦める」か「諦めない」かの選択肢。

諦めたら、その次の選択肢は財前を選ぶか、選ばないかの選択だろう。
もし諦めないを選んだら、時間を置いて再チャレンジもいいし、開き直って毎日好きって言ってやるのもいい。

自分の気持ちさえあれば、どんな今の先にも可能性を作れる。
何だって選んでいける。
そう思うから、フラれる想像さえ楽しめた。


いつの間にか今日の最終授業になっていた。
楽しい時間は何故こんなにも早く終わってしまうのだろう。こんなに楽しい気持ちが味わえるのなら、早くからもっと謙也にアピールしていれば良かったかもしれない。
だけど、それはもう今更だ。俺にとっては、今この世界が最善なのだから。

俺は今から、勝負に出る。
泣くことになるか、笑うことになるか。
それは全部、アイツが決める。
祈るように、謙也の背中を見つめた。

「起立、礼!」
「「ありがとうございました」」

終業の礼と同時に謙也は猛スピードで教室を出ていった。俺は逸る心を抑えて冷静に帰る準備を終わらせる。

それでも謙也をあまり待たせては悪いと思うと、廊下の途中から自然と急ぎ足になった。
最後には階段も一段飛ばしで屋上に上がったが、俺より早く教室を出たはずの謙也は何故かまだ来ていなかった。

どういうことだろう。俺は左右を見回し、それからさして広くない屋上をグルリと一周歩いてみた。しかし謙也の姿はどこにもない。

もしかして帰ってしまったのだろうか?

嫌な予感がふと脳裡を掠めたが、俺は謙也を信じて待つことにした。

今日の謙也のあの様子じゃあ、緊張で腹壊しとるんかもしれん。まあ何でもええけど呼び出しといて俺が帰るわけには行かんから、とりあえず待ってよう。
そう思ってゆったりとフェンスに凭れ掛かる。

それからどれくらい経ったのか。何度目かの「暇やな」を呟いて、一応は告白前だと言うのに昼寝してしまいそうなくらい俺はリラックスして座っていた。

すると突然、ゴウン!という乱暴な音がして屋上の扉が全開になった。
現れたのは間違いなく俺が待ち望んでいた人物で、俺は立ち上がって姿勢を正す。

「……スマン、待たせて」

謙也は一体何をしていたのか、走ってきたように息を切らして俺の前に立った。

「ど、どないしたん?大丈夫?」

謙也は膝に手を突いて、ゼェハァと荒い息をついていた。俺に掌を見せるそのジェスチャーは、「大丈夫、気にせんでええ」の意だろうか。息を整え終わったのか、謙也がパッと顔を上げた。

謙也の異様な雰囲気に、告白のムードが出ない。
でも呼んだからには言ってしまわなければいけない。どうせ謙也にもこの呼び出しの意味は伝わっているのだろう。
ここまで来て怖気づくわけにはいかなかった。


「あのな、謙也、」


サッと風が吹いたから、今がチャンスだと思った。


「俺、謙也のことが好きや」








【Last Question】

→謙也ルート

→財前ルート







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