哉太の心ない言葉に、あいつはすっかり機嫌を損ねてしまった。

「かーなーたーくーん?」

呻くような低い声を漏らしながら、笑顔を張り付かせたまま哉太の胸倉を掴んで思い切り引っ張った。

「ま、待て待て待て、落ち着こうよ。あれは言葉のアヤって奴じゃんか」
「言っていい事と悪い事の区別くらいはつくよな?」

鼻先がくっつきそうなくらいの距離まで詰め寄り、にこぉっとさらに笑みを深くする。

「だから悪かったって。月子にもちゃんと謝るから」

ちらりと目だけ動かして、ちょっと離れた場所で正座して座っている月子を見る。
年が明けて、三人で初詣に行こうという話になって、俺の実家に哉太と月子が集まって来た。
いつもなら月子は私服で来るのに、今年は赤い振り袖姿でやって来た。
幼馴染から恋人へ関係が変わったから、俺のために頑張ってくれたのかと思ったら、無意識に頬が緩んだ。
丁寧に髪も結われていて、薄くだけど化粧までして、いつもの可愛さとは打って変わって大人っぽくて綺麗だった。

「……」

言葉も出て来なくて、その姿に見惚れていたら、隣で哉太が余計な一言を言ってしまった。

「へぇ、意外と似合ってんじゃん。馬子にも衣装って奴か?」
「!!」

それを聞いた月子の顔が赤くなり、キッと哉太を睨み付けた。可愛い瞳に涙が滲む。

「あだだだだだっ!!」

咄嗟に俺は月子に見えないように、指で哉太のお尻を思い切り抓ってやった。

「大丈夫だよ、とっても似合ってる。哉太の言う事なんか気にしなくていいよ」

と言ってはみるが、月子は俯いてしまう。細い肩が小刻みに震えている。
これはマズイと判断して、冷えるからと取り敢えず家に入れた。
どうにか機嫌を直してもらおうと、哉太と二人であれこれ試してはみたが、月子はぶすーっとしたままだった。

「俺の可愛い大事な彼女を怒らせた責任、どう取ってくれるのかな?」

お手上げになった俺達は、月子から離れてコソコソと話し合う。
流石に哉太も悪いと思ったらしく、ばつの悪そうな顔で月子を見ている。

「だから謝ってくる」

俺の制止を無視して、哉太は月子の前に正座して、がばっと勢いよく頭を下げた。

「ごめん、悪かった。本心で言ったわけじゃないから」
「………」

月子は黙ったまま哉太を見下ろしている。
ノーリアクションの月子に、哉太は恐る恐る顔を上げた。
ヒヤヒヤしながら俺も離れた所から見守るが、月子の表情は変わらない。

「……のに」

呟かれた言葉は聞き取れなかった。テーブルの端に手を付いて立ち上がると、パタパタと小走りで哉太と俺の前を横切って、玄関へ向かう。

「おい、何処行く「帰るっ!」」

言い終わる前に泣きそうな声で怒鳴ってから、バタンとドアを閉めて出て行ってしまった。

「す、錫也ぁ」

情けない声と顔で哉太が俺を見る。
あの様子だと、しばらくは根に持ちそうだ。

「俺がフォローしとくよ、初詣は今日行くのはやめにしとくか」
「サンキュー、オカン」
「その代わり貸しイチだからな?」

マジかよと露骨に嫌そうな顔になる。誰のせいだと言ってやりたかったが、出掛かった言葉を飲み込む。
そして代わりに深いため息を吐き出した。



月子の部屋のドアの前に立って、ノックをしながら声を掛ける。

「なぁ、開けてくれないか?」
「嫌っ、帰ってっ!」

ドアの向こうから聞こえてくるのは、悲痛な泣き声。
泣きながらすぐに家に戻って来た月子を、ご両親は不思議そうな顔で後を追って来た俺にどうかしたのかと聞いてきた。
「何でもありませんよ」と笑顔を返して誤魔化して来たが、罪悪感に苛まれる。
というか悪いのは哉太なのに。つくづく俺は苦労人だなと思う。

「哉太も悪いと思ってるから。取り敢えず中に入れて欲しいんだけど」
「…錫也だって笑ってたじゃないっ」
「俺がいつ笑ったんだよ」
「哉太が馬子にも衣装って言った時、錫也も笑ってたでしょっ」

どうやら月子は誤解しているようだ。確かに笑ったかもしれない。
だけどそれは決して馬鹿にしたわけじゃない。
機嫌を直してもらうには、ちゃんと真実を言った方がよさそうだ。

「じゃあ、そのままでいいから聞いて。俺が笑ったのは、馬鹿にしたからじゃないんだ」
「………」

ドアの向こうが急に静かになる。一応話は聞いてくれているのだろうか。
不安を感じつつも、そう信じて話を続ける。

「月子が綺麗だったから、つい見惚れて頬が緩んじゃったんだ。俺のためにわざわざ振り袖を着てくれたんだと思ったら、嬉しかったんだ」
「……それ本当?」
「嘘じゃないよ」
「本当にそう思ってくれたの?」
「だったら、針千本飲んだ方がいい?」

ガチャンと鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが少しだけ開いて中から月子が顔だけ覗かせた。格好はそのままだったけど、涙のせいでせっかくの化粧が崩れて台無しになっていた。

「あんまり見ないで、今ブサイクだから」

恥ずかしそうに目を伏せる。入っていいかと改めて聞いたら、こくりと頷いてドアを開けてくれた。

「ブサイクじゃないよ。俺の彼女は誰よりも、一番に可愛い」
「調子のいい事言わないで」
「彼氏の言う事が信用出来ないの?」

両手で頬を包んで上向かせる。泣き腫らした赤い目と視線が絡む。

「だって私の今の顔、絶対にすごい事になってるもん」
「そんな事ない、可愛いから」
「可愛くないでしょ、髪だってぐちゃぐちゃだし」
「それでも可愛い」
「胡散くさい」

うーん、どうしたら俺のお姫様は機嫌を直してくれるのか。
哉太への貸し、月子を怒らせた利子も上乗せした方がよさそうだ。高く付くよ、これ。

「本当に、綺麗だと思ってくれた?」

訝しげに見上げてくる瞳に、ふわりと微笑んで見せる。

「やっぱり信用出来ない?」
「だって哉太があんな事言うから……」
「哉太だって、本心で言ったわけじゃないよ。あいつは素直じゃないから」
「それでも」

ショックだったし、悲しかった――

そう言う月子の目がまた伏せられる。長い睫毛が揺れ、目尻に涙が溢れる。
顔を寄せて、舌先で雫を舐め取る。細い肩が揺れて、ひくりと喉が鳴る。
だけど振り解く事も、逃げ出す事もしない。
腰に腕を回して引き寄せて、赤く染まる頬にキスを落として抱き締める。

「綺麗だよ、俺のために頑張ってくれてありがとう」
「勝手に決め付けないでよ」
「違わないだろ?」
「……知らない」

俺の肩にぎゅっとしがみ付いて、胸に顔を埋めてくる。

「…綺麗だって言ってくれてありがとう。本当はすごく嬉しかった」
「また俺のために着てくれる?」
「考えとく」

顔を上げた月子はもう笑顔だった。やっと機嫌を直してくれてほっとする。
目を閉じてちょっと唇を窄めて、キスを強請ってくる月子があまりにも可愛くて、笑みが零れた。
髪を撫でながら、唇にそっと自分のそれを重ねる。

「今度から着物は錫也のためにしか着ない」
「光栄だな、じゃあ初詣もこれからは二人だけで行く?」
「哉太が怒るかもね」
「いいんじゃない?元はと言えば哉太が原因なんだから。一度懲りた方がいいよ」

お互い顔を見合わせて、ぷっと吹き出して笑った。
そして今度はどちらからでもなくキスをする。それはすぐに離れる事はなく、甘く深く絡まっていく。部屋に響くリップ音と唾液の絡まる音が、しばらく止まなかった。


(錫也は、絶対に言わないわよね?)
(…何を?)
(決まってるでしょ、)

馬子にも衣装なんて言わないで


END



錫也×月子で甘いお正月ネタ。前サイトで受けた夜斗お姉さまへの相互記念文です。
遅くなってしまってごめんなさい、こんなんでいかがでしょうか?
よければもらってやって下さい。大好きなお姉さまへ愛を込めてvvv

2011/02/03
・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:
莉茉たんから相互記念に頂きました。
夜斗自身ノーマルも大好きなので、甘んじてリクエストをしました。

今年に入ってからメールとか音沙汰が互いにないですが、またメールしようね、莉茉たんww







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