実益を兼ねた趣味の畑仕事をしていた小十郎の元に、梵天丸が駆け付けた。


「小十郎ー!」


 屋敷で親族の子らと遊んでいたはずの主が何故ここにいるのか。小十郎が頭上に疑問符を浮かべていると、梵天丸は泥だらけの小十郎に飛びついた。


「梵天丸様、なりませぬ。お召し物に泥が……」

「かまわねぇよ。どうせ後で小十郎が洗ってくれんだろ?」


 仕立ての良い着物が汚れるのも構わずにぎゅうぎゅうと小十郎の腰にしがみついた。

 梵天丸はたびたび土埃にまみれていない部分を探す方が困難なほどに着物を汚すことがあり、あまりの有り様にそのまま女中に渡すことが躊躇われ、下洗いを済ませてから渡す。
 そのようなことは、本来は小十郎の役目ではない。それをわかっていながら梵天丸は汚れた着物を小十郎に渡す。


「全く……仕様のないお方だ」


 はじめは恐縮しきりだった女中達も、なにせその頻度が多いため、あっという間にそのことに慣れてしまい、今では梵天丸の着物の下洗いは小十郎の仕事に含まれている。
 もっとも小十郎、小十郎と目をきらきら輝かせながら見上げられると、何でもしてやりたくなる衝動にかられ、目に入れても痛くないどころか積極的に目に入れにいきたい小十郎にとって、全く苦にはならないのだった。

 小十郎は傅役として梵天丸には常々厳しく接している。小十郎本人や、面識のないもの達からはそのように思われている。

 今も一見すると諌めるようである小十郎だが、彼と接する時間が長い者から言わせれば蕩けそうな顔をしている。
 彼の表情の種類を知るものには、梵天丸が愛しくて堪らないといった気持ちを隠しきれていないのだ。


「小十郎、お前がいないとつまんねぇよ。土いじりなんか後にして遊ぼうぜ!」


 小十郎は仕方がないと苦笑いをしたつもりだったが、彼と親しい者によると、まるで恵比寿のような顔に見えたそうだ。


(2010/07/30)


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ただの親バカである。


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