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(intro/main/clap)







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あの雑誌を見てから、どうも徹志を避けてしまう。
大きな誤解をしていた自分が恥ずかしいやら申し訳ないやらで、まともに顔が見れない日々が続いていた。
赤い糸はまだ消えない。徹志と繋がったわけでもない。
でも、今回のことはどう考えてもこの糸に惑わされて徹氏を信じ切れなかった私が悪い。
「はぁ……そろそろ徹志が帰ってきちゃう」
どうしよう、逃げ出したい。逃げてしまおうか。
ミヤに会いに行くのもいいかもしれない。この間愚痴るだけ愚痴ってきちゃったから心配してるかもしれない。
(……どうしよう)


会いに行く


「……うん、そうしよう」
(ごめんね徹志)




歩美がミヤに会いに部屋を出た、30分後。
日も傾き、薄闇が茜色を飲み込みつつある夕暮れ時。
藍色に染まる玄関先には、徹志が立っていた。
彼の目の前には、無人の部屋が広がっている。
常に出迎える温かい笑顔と、優しい声はそこにない。
ここ最近、彼はずっとこんな光景を見せ付けられていた。
「……歩美」
「……どうしていない?」
返事は、ない。








行かない

「……ダメ。いつまでも逃げていられないよね」
大人しく徹志の帰りを待とう。

(……あ、れ?いつの間にか眠っちゃってた)


BAD

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帰宅ラッシュ直前の電車を降り、私は人気のない住宅街を歩いていた。
(すっかり暗くなっちゃった……)
ブウゥーン
ブウゥーン
(ぁ……)
聴覚と触覚が働いたのはほぼ同時だった。
耳慣れた微かなバイブ音と、かばん越しの振動。
携帯だ。
なかなか鳴り止まないバイブ音は、私に着信を訴えていた。
(徹志かな…?)
慌てて通話ボタンを押そうとして、ふと画面を見る。
「…非通知?」
誰だろう。
てっきり彼からだと思ってた私にとって、非通知着信は躊躇の対象となった。
(非通知…公衆電話とかかな?)



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おそるおそる、私は携帯を耳にあてた。
「……はい」
『………』
「もしもし?」
『………』
続く沈黙。
イタズラ電話だろうか?
そう思い、通話を切ろうとした。
その時。

ザシッ


「……?」
近くで何かが聞こえた。
(今の……携帯?)
離しかけた携帯を戻す。
じっと耳をすました。
断続的に、音が聞こえる。
(何だろう…?変な音)
遠くから近くへ。それはだんだんと迫ってくる。
私は息をつめて、左耳に全神経を収束させた。
ごくり。
唾を飲んだ、数瞬後。
『うそよ』
その一言と。

『ザシュッ』

布を切り裂くような、いや、もっと重く、こびりつくような。

「なん……」
『あ゛ぁあ゛あ゛ぁあ゛ああああぁ!!』
『嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ』
血を吐くような壮絶な悲鳴。くぐもったつぶやき声。
私は無意識に、一歩下がった。
全身の産毛が逆立ち、指先が冷える。
なに。なんなのこの電話は。
『嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘だと言って、ねえ』
『あゆみ』
「!?」
私は携帯を投げ捨てた。
肩で大きく息をする。
今のは一体なに。
明るいディスプレイには2分12秒の通話記録と――未登録の携帯番号が表示されていた。
(さっきまで非通知だったのに……)
知らない番号だ。
しゃがみこんで、携帯を拾う。
通話はすでに切れていた。


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「……あゆみ。どこ行ってたんだ?」
「……ちょっと友達と会ってた」
帰宅早々、寝巻きに着替えようと彼の横を通り過ぎる。
意外にも足取りは軽い。
訳のわからない着信。気持ちの悪い音はいまだ耳の奥にこびりついている。
しかし、ミヤに会ったおかげか、今はそれらがどうでも良く感じていた。
(なんだか体がふわふわする)
今日はもう、この満ち足りた気分のまま眠ってしまおうか、などと思いながら服に手をかけた。

「……本当に?」
服を脱ぐ手が止まる。
「え?」
「……本当に友達と会ってたのか?」
「どういう意味……?」
「それは、お前が知ってるんじゃないか?」
何を言い出すんだろう。私、本当に友達に会いに行っただけなのに。
「ごめん、ちょっと意味がわからな」
「わからないわけないだろ!!」
急に怒鳴られ、目を丸くする。
乱暴に肩をつかまれた。
「どこ行ってたんだよ!?友達なんて嘘だろ!おまえにそんなダチいるわけねえよ!!」
身体を揺さぶられる。こんなに取り乱す彼を見るのは始めてだった。
「!!……何それ、ちょっと酷いんじゃない?」
「うるせえ!じゃあ、誰と会ってたんだよ!?言えよ!」
「それは、………」
なんて言えば、いいのだろう。
ミヤとのことは、できるならば話したくない。
「…………ほら見ろ。いるわけがないんだよ友達なんて。俺が……四六時中おまえにはりついてんだから!」
「……っ」
ぎりり、という音。
痛みに息をのむ。
彼の長い指が、肩にぎっちりと食い込んでいた。
「ケータイ見せろよ」
唸るような声。
逆らったら、冗談ではなく喉もとに噛みつかれそうな、激しい怒気が肌を刺す。
今はおとなしく言うことを聞いたほうがよさそうだ。
私は驚きと怯えで強張った手で、かばんを手繰り寄せた。
だが。
「……ぁ」
携帯。駄目だ。
変な着信が入っている。
きっと疑われる。
手が、かばんに入ったまま止まる。
(ど、どうしようどうすれば…)
狼狽する私を、徹志はじっと見ていた。
酷くゆっくりと、手を握られる。
「あゆみ」
びくり。怯えから身体が過剰に反応した。
優しい声だ。
「ほら、早くみせてみな?」
優しい目。
「それとも」
ひくり、喉がひきつる。
「……見せられねえってのかよ!!」
「きゃ…っ!」
腕を強く引き寄せられる。
抱えていたかばんは宙を舞い、音もなくカーペットへ落ちていく。
私は彼に押し倒されながら、スローモーションのようなそれを横目で見ていた。
「なんでだよ。なに隠してんだよ」
視界に影が落ちる。
「んぅっ…」
キスをされた。
「歩美」
「はっ、ぅ…」
喰らいつくようなキスの嵐。
あまりの激しさに息ができない。
抵抗のように胸を叩いた拳は、大きい手に握り締められ床にぬいとめられた。
「俺にも言えないようなことってなんだよ、なあ」
「…っん、あ」
「歩美」
「歩美、歩美」
うわごとのように何度も名前を呼ばれる。
苦しさに生理的な涙がにじむ。
酸欠で目の前がチカチカと明滅してきた。
泥水に足をとられるように、意識がゆっくりと底なしの闇に絡めとられていく。
「……俺は」
「お前のこと、何でも知ってなきゃいけないのに……」
絞り出したような声を聞いたのを最後に、意識はストンと落ちた。


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『一番綺麗な死に方ってなんだろ?』
(……なんだったっけ)

入水→海辺で
首吊り→真相
失血死→
服薬→
切腹→
心中→車で崖から。記憶喪失になるが、数年後再び出会う。


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(また、ミヤのところで過ごしちゃった……)
徹志とは顔をあわせづらいという理由もあり、今日も大学が終わると逃げるようにミヤのところへ出かけてしまった。
そして、その帰り途中。
サラリーマンや学生で芋洗い状態の電車に揺られながら、私はぼんやりと高校時代の回想にふけっていた。
あれは、卒業間近の春の日のことだったか。
いつも一緒にいる私達には珍しく、休日を二人別々に過ごした日だった。
私はいつもどおり寮の部屋でだらだらと過ごし、ミヤは中学の頃の友人に会うと言い街へ。
「ミヤ!」
「……あゆみ。なーにお見送りしてくれるの?」
「そ、そんなんじゃないよ。何時頃帰ってくる?夕飯は?」
「そんなに遅くなんないよ。ご飯もあゆみと一緒に食べる」
「そっか、じゃあ待ってるね」
「うん、待ってておくれやすー。あ、なんか買ってこよっか?」
「ううん、別にいいよ。それよりも、ご飯はいいから、その」
「うん?」
「……早く帰ってきてね」
「……!!え、ちょ、何この生き物!やだわ、これ以上私をどうするつもり!?」
「え!何が!ちょっとどうしたのミヤー!?」
「ふう。年甲斐もなくはしゃいでしまったわ。まあ、あゆみが可愛いというのは置いといて」
(……今のどの部分からその発言が?)
「でもミヤ、本当に早く帰ってきてね?……まだ、あの犯人もつかまってないんだし」
「……」
「……ね?」
「ありがと。……、でも大丈夫だって!変なのきたらミヤ様が返り討ちにしてやるわ!」
「こんなふうに!」
「きゃー!いたいいたい!」
「参ったかー!」
「参りました!」
「……はやいねあゆみ」
「ごめんね根性なしで」
「いやあ、可愛い可愛い」
「だからなんでー……」

どうということはない。
ただの日常の一部だ。
……ただ、例の犯人はいまだ捕まっていない。
それだけが、なぜか今だに私の心に居座り続けている。











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