初夏。
大分気温が上昇し、
海軍の本部の海兵達の中にも、
ちらほらと半袖やノースリーブの
制服へと衣替えする者が
見えて来た。
グランドライン。
急激に変化する気温など
珍しくは無いがやはり
身体には応える。
その中でもマリナは特に辛かった。
普段から彼女は
ノースリーブのシャツを着ているが、
腕を出した所で
どうしようも無く汗をかく箇所がある!
それが、
「ほんと暑いの最悪………」
その我儘に実った胸だった。
大きく乗った乳肉の下、肉と肌の間。胸の下。
そこがどうしても汗をかく。
しかも防ぎようがないので
汗疹などが悩みの種だ。
それに付け加えて
マリナはもう一つ悩みがある
薬 を 自 分 で 塗 れ な い 事 だ 。
ただでさえ片方だけでも3kg近くある
乳肉を持ち上げて上手いこと薬を塗る、
鏡を見ながらでもそれなりに苦労する。
ああ、夏が涼しく過ごせればなあ、と
マリナはため息をつく。
胸の下の肌が赤くヒリつく。
マリナは少し顔を歪めた。
幸い、ここは自室。
クリームのコンパクトを取り、
ベッドに腰をかける。
少し汗でベタついたシャツを脱ぎ、
ブラジャーのホックに手をかける。
その時だった。
「マリナ、ちょっと良い…」
コンコン、とノックの後
背をかがめてドアから顔を覗かせたのは、
長い赤毛と飛び抜けた背丈が目立つ
バスティーユだった。
「ッ」
先に小さく声を出したのは
マリナだった。
脱ぎかけたブラジャーを手に当て
目を開いて息を呑みながら
ドアの方、バスティーユの顔を
ひたすらに見つめて。
そのまま目を逸らす事も出来ず、
一層酷くなった汗、蛸より真っ赤に
なりだす顔。
バスティーユも一瞬
動きが止まり、
目の前の彼女の姿に口元を歪ませ
「悪い!」とだけ言って
そのまま去ろうとする。
が、その背丈故に
背を屈めていた事を忘れ、
思いっきりドアの淵に
頭をぶつけ、鈍い音と共に
頭を抑えてその場にしゃがみこんだ。
「ちゅ、中将!!??
すみません大丈夫ですか!!!?」
慌てたマリナが胸を手で隠したまま
バスティーユに駆け寄る。
一方バスティーユは勿論
ぶつけた頭の痛みもあったが
何より目の前の現状が理解出来ず
ひたすらパニックになっていた。
「すみっ、すみませんほんとに!!!!
今シャツ着ますんで!!!!!!
あのっとりあえずぶつけた所
冷やしましょう!!!ね!!!!」
バタバタと駆け出すマリナ、
が、さっきの騒動で
床に投げ出されたノースリーブシャツを
踏み、滑ってそのまま転倒。
ッ痛い……と顔を上げると
居た堪れない表情で仮面越しでも分かる程
赤面したバスティーユと、
目が合った。
因みにマリナは
転んだ際床に仰向けに寝転がる
体勢になった上、
受身を取るため胸から手を離した。
恥部を隠していた可愛らしいブラジャーも
吹っ飛んでベットの上だ。
そのままどうしたら良いか分からない2人は
見まい見まいと視線を上手い事
外しながら、そのままでいた。
(本当、夏嫌い………!!!!)
今にも涙が出そうなマリナは
赤くなった頬ごと、
手で目を覆った。
バスティーユがその様子にハッとして
「だい、大丈夫か」
と声をかける。しかし相手は
何故か上半身裸。
美味しそうなナイスメロンを前にして
一歩踏み出せず。
「だい"じょうぶです"」
堪えきれなかったのか、
マリナの声は少し鼻声。
何処と無く嗚咽が混じっている。
特に彼が悪い訳でもないが
死ぬ程申し訳なくなったバスティーユは
着ていたジャケットを脱いで、
マリナの肌に被せる。
胸を隠したジャケットを抑えつつ、
手でマリナの身体を起こす。
「頭、打たなかったか?平気か?」
「平気です……すいません……
本当にごめんなさい………」
ジャケットを手で抑えて、
マリナも顔を上げる。
バスティーユもマリナの顔を見て
少し口をぐっと噤んだ。
「………少し時間が空いたから、
涼みに誘おうと思ったんだら……すまん」
「うわあああああちゅうじょおおおおおおお」
耐えきれなくなったマリナが
ジャケットから手を離し、
バスティーユに飛びついた。
何て健気な人なんだろう。
何て素敵な人なんだろう。
そしてよくもそれをぶち壊してくれたな
この乳。この無駄肉。ふざけるな。
もう何から何まで悔しくて悔しくて
堪らないマリナはバスティーユの
胸で思い切り泣く。
一方バスティーユは
恋人が胸を露わにした状態で
抱きついてきて
男としてどうしようもなくなってしまい
泣きそうになっていた。
暫くして、
落ち着いたマリナが
ずび、と鼻をすすって
ごめんなさい、と一言告げてから
経緯を話した。
「暑くなってくると、その
胸の下って物凄く汗かいちゃうんです。
だから汗疹とか悩んでて…」
目が少し腫れて、
涙の跡で赤くなった涙袋、
グチャグチャの表情のまま、説明を
始めるマリナ。
マリナが心配なのと
経緯をしっかり聞きたいのと
どうしても視線と全神経が
胸に集中してしまう
男の性と葛藤して説明が半分
聞けていないバスティーユ。
「…それで
クリーム塗ろうと思ってたんです、
だから服脱いでたんですけど……」
だが
ハッと話に意識を戻す。
途切れ途切れだがおおよそ理解した。
「そうか…
悪いな、おれもしっかり
確認せず」
「ちゅうじょうは悪くないですよ〜」
ぎゅうう、と
ブルーのカラーシャツを掴み
顔をバスティーユの胸に埋めて
マリナはまた泣きそうになる。
年甲斐も無く
欲を催してしまったバスティーユは
マリナに申し訳なくなって
天井を見つめる。
「その…何だったら
おれが手伝っ、てやろうか」
少し言葉が詰まったが
決してバスティーユのこの言葉は
下心ではなく善意である。
さっきの男の感情とは
全くの別物なのだ。
「えっ」
顔を上げバスティーユを
見上げるマリナ。
良心で言ったものの
後から罪悪感が湧き出て
今言った言葉を取り消したくて
仕方の無いバスティーユは
口元を手で抑えた。
「たっ、たすかります!!!!
ホント全然奥まで塗れなくて!!!
良いですか!!?」
「えっ」
が、マリナの予想外の反応に
その手をすぐに離した。
おく、おくってなんだ、奥って。
お願いします!と
改めてベッドに腰をかけて、
コンパクトを手に取るマリナ。
バスティーユは完全に
着いて行けずにただ立ち尽くして
汗を流す。
「えっと…
もち、持ち上げるんで、
胸の下あたり…
ちょっと赤くなっちゃってる所に」
「もちあげ……っ」
さっきのラッキースケベと言う名の
大事故から被害を受けたまんま、
つまりマリナは上半身だけ
生まれたままの姿なのだ。
白い肌の手が、ふわりとその
マシュマロのような肉に
吸い込まれて沈んでいる。
その下の肌に今から
己がクリームを塗るのかと
バスティーユはゴクリと喉を鳴らした。
「わか、わかった、だらァ…」
よいせ、と腰を落とし背を縮ませて
コンパクトを手に取り
蓋を開けて指先にクリームを付ける。
「塗るぞ」
すい、と指をなぞらせる様に
クリームを肌に馴染ませて行く。
「んっ……」
ヒヤリとした感触と、
ゴツゴツした太い指先に
マリナが思わず声を漏らす。
その度にビリっと
電気でも走ったかの様に
髪の毛を逆立てて反応するバスティーユ。
クリームを塗っている指の
第一関節に、さっきから
ぷにぷにと柔らかいものが当たる。
やっとの思いで塗り終え、
コンパクトを閉じる。
「あ〜スッとする〜
中将ありがとうございます」
ふぅ、と何やら
すっきりした様な面立ちで
マリナが礼を言う。
「………おう」
だがバスティーユは
俯いてそのマリナの笑顔を見れずにいた。
やばい。
「……?中将……?」
今日は暑い。
折角(一方的に)苦労して塗った
クリームも無駄になる。
マリナに負担がかかる。
「………今度、」
「えっ?」
「今度、涼しい日、また来るだらァ」
マリナが暫くしたあと
嬉しそうな声を出す。
はしゃいでるマリナの方はまだ見れない。
と言うか今すぐに服を着てくれないだろうか。
仮面の下の強面に
一層拍車がかかるバスティーユ。
スッ、と身体を起こし
中腰でドアの方へ向かう。
「あっすいませんわざわざ!
お仕事ですか?」
「……おう……」
「ご苦労さまです。
お疲れの出ませんように」
「………夜」
「はい?」
「次は、夜、来る」
「?……………
はっ………………!????」
マリナが先ほどのバスティーユの様に
反応を乱した後、漸く
その豊満な胸をベッドのシーツで隠した。
もう遅い。
「じゃあな」
バタン、と扉が閉まる音が
真っ赤で言葉も出ず、
呼吸音すら聞こえない部屋の中で響く。
顔を赤くしたままマリナは
固まり、言葉も呼吸も忘れていた。
*****
一方、バスティーユは
部屋から出た後も
中腰を直せずにいた。
本部の長い廊下を歩き、
向かった先は男子トイレ。
訓練の真っ最中なので
使用している海兵は殆どいない。
「はぁ………」
ベルトだけ閉め直し、
ズボンを正していると
「?バスティーユ、
どうしたんだ?」
と、背後から声が。
声の主はモモンガ中将。
「何故ベルトを閉めてるんだ
こんな所で……」
「な"っっん、でも無ェ!!!だらァ!!!」
「えっ、そ、そうか、
と言うかお前ジャケット脱いだんだな、
今日暑いからなー」
モモンガの一言で
また汗が噴き出す。
マリナの部屋に置いてきた。
今マリナにあったら死ぬ。
そう思い、
赤面した顔をまた手で覆った、
バスティーユなのであった。