「何故貴方だけブロンドじゃないの」
実の、血の繋がった母親から投げられた心無い言葉。
母も、兄弟達も皆、美しい金髪だった。だが末の私は、皆と仲間外れの美しいとは程遠い、茶髪だった。
聞けば遺伝子的には茶髪で産まれても何もおかしく無いそうだが、我が家は高貴と謳われる貴族。何より見た目を繕う事に必死だった為、一人だけ茶髪の私は、家族にとって忌々しい存在だったらしい。
姉の陰湿なイジメに目を瞑る使用人達。
茶髪だから、と言う理由で何1つ褒めてくれない母。
こんな現状も知らないのであろう、仕事で一度も姿を見せなかった父。
兄達はそんな私の事を気にせず良くしてくれたものの、
「ダメでしょう」とその仲を大人達が引き裂いていく。
認められたかった。
人一倍努力した。
勉強、作法、テーブルマナーに楽器の稽古、社交ダンスやドレスの着方。
貴族として必要な事を全て一人で調べ、練習し尽くした。
それでも家族達の態度は変わらなかった。
ある日の事だった。
対談で置いて行くのも気が引ける、と嫌々そうに母が私も連れて来る様に使用人に言いつけ、初めて使用人達に丁寧に着付けなどをしてもらって、胸が踊った。
滅多に連れて行ってもらえない外出にそれはもう、ウキウキしながら。
船に乗る際、浮かれた私の様子にイラついた様子の姉に足を引っ掛けられて転んだ。
折角のドレスが汚れ、姉が私を指差して笑い、母がみっともない、と顔を歪ませる。
今にも涙が溢れそうだったが、ここで泣いたってまた何か言われてしまう。
その場から移動し、大人達がいないところで俯き、汚れたドレスを握り締めた。
栄えた城下町だったろうか、
人混みの中を歩いたのをなんとなく覚えている。
兄弟達は母と手を繋ぎはぐれない様、並んで歩いていたのに
一人その後ろを、必死に見失わない様に人の波に逆らって歩いていた。
そんな中だった。
突如人々がさっき歩いて行った方向からこちらにむせ返って来たのは。
走り出す人々に押されて、その場に倒れ込んでしまい、何が起きたのか分からず人々が走ってきた方向を見ると何やら煙が上がっている。
「海賊が襲って来やがった」
「逃げろ 死ぬぞ」
逃げ行く大人達が叫びながら去って行く。
その言葉を聞いて恐ろしくなった私は振り返り、母を呼ぶ。
が、母の姿は既に彼方。
小さな背中しか見えなかった。
しっかり、他の兄弟達の手を繋いで。
一人残された私は、知らぬ町を逃げ惑い抑えきれなかった涙で視界が殆ど分からなくなっていた。
その後町から逃げ出す最中、一人たまたま外れに付けられていた舟で海の上を渡った。
「寒い…」
私の生まれは北の海。
余所行きのドレスでは寒さなど防げず、
舟にあった薄い布切れを身体に纏って何とか凌ぐ。が、そんな布では極寒の北の海の上、とても頼りにはならなかった。海の上を流され続ける日々。島も見えず、他の船も無く、ただただ一面の青と白い霧しか目に写らなかった。
喉が渇いた。
お腹も空いた。
寒い。
とても寒い。
手先はかじかんで真っ赤だった。
感覚もなく、舟の上を横たわって瞬きもする事なく一点を見つめていた。
次第に眠気が来て疲れた…と私はそのまま眠気に身を任す。
おやすみなさい…お母さん…
………ごめんなさい…………
*****
「マリちゃーん!」
その大声で目を覚まし、ハッと顔を上げた。
目の前には赤髪の女性が白い歯を見せて笑っていた。母さんだ。
「母さん…あれ?」
「疲れてたんだろうネェ。熟睡だったから起こさなかったヨ」
彼女は両手に持っていたマグカップの片方をホイ、と机に置いた。
「あ、ありがとう」
「仕事熱心なのは母さん誇らしいケド、無理はしちゃダメだヨ〜」と言い、マグカップに口を付ける。
私も一口頂く。温かいココアだった。
「…暖かい」
気づいたら肩に上着がかけられていた。母さんの物だ。
「これ、ありがとう」
「ン?どういたしまして」
上着を折り畳んで渡し、軽く礼を言う。
彼女も軽く受け答えしたが、私にとって、彼女から上着を借りるのは大きな意味があった。
「懐かしい夢を見たなあ…」
背伸びをする私を見て、ヘェ!と彼女は笑った。ココアを飲み切って、それじゃあ、と部屋を去る彼女に手を振った。
「………」
彼女に付けてもらい、呼んでもらっている
"マリナ"と言う名は、実に良い名だ。
本当、一生物の宝物だろう。
ただでさえ彼女には返しきれない程の恩があるのに、"新たな"名前まで付けてもらったのだ。
寝癖のついた髪の毛を直しながら、タバコとライターを探す。机の引き出しの中に両方揃っていて、箱から一本取り出し、咥えて火を付ける。
ふぅ、と煙が上がって、夢のせいか昔をより鮮明に思い出す。
『ウォーリアさん』
………。
『何故貴方は茶髪なの』
……………。
『ウォーリア、貴方程
醜い妹はいないわ』
……………やめて。
『何故こんな事も出来ないの?
恥をかかせないで!ウォーリア!!』
許して……………
『ウォーリア!!!!!!』
お願いだから。
「私をその名で呼ばないで……」
コツン、と壁に頭を寄せ、タバコを咥えたまま俯く。
赤く染まった火元が次第にじわじわと灰になり、ポトリと光る雫と共に、床に落ちた。