「貴様……ふざけているのか……ッ」

進路希望調査書を、手に掴み
ワナワナと肩を震わせて青筋を
立てるキース。

「別にふざけて…ないもん…」

ご立腹の様子にツンと口を尖らせて
そっぽを向く。
中学3年生、冬。受験が近づいて
生徒達に緊張感が走る中、
ロシンタだけは違った。

「貴様の成績は悩みのタネだ…
教師の中でもその話で持ちきりだぞ」

「えっ、へへ…有名人?」

照れるな〜とロシンタが笑うと
褒めてはいない、と軽く足蹴された。

「…志望校は無いのか?
本気で高校に進学するつもりが無いと。」

彼女の志望高校欄は空白で、
その他追記欄に
志望校無し。とだけ記されてあった。

「……うん……」

俯いて返事をする。
何処か寂しそうなそんな表情を
浮かべて。

「……」

彼女の境遇をキースは知っていた。
ロシンタは両親が共働きで
ロシンタを親戚に預けるも、
親戚の間でも疎ましく思われ
たらい回しの状態だったらしい。
今一緒に住んでいる親戚も、
家事などをロシンタに任せっきりで
ロシンタの事は何もしなかった。

保護者会、三者面談、授業参観、
体育祭、文化祭、音楽発表会…

様々な行事がある中、
ロシンタの親族が姿を現した事は、
一度も、無かった。

「……この中学校から南の方に、
とある高校がある。
偏差値などはまずまずだが、
今から必死にでも勉強すれば
受からない事も無い。」

「……いや、私は」

俯いたまま弱々しい声を出す
ロシンタを、目を細めながら見つめるキース。
彼女は1年の時に
キースが担任だったクラスの生徒だった。
最初こそ大人しく、馴染めなかったものの
成績が著しく伸びない彼女に
個別で勉強を見てやり、
だらけた所は指摘し、叱ってやった。

彼女はそんなキースに恋心を
寄せるようになった、理由は簡単だ。

『自分の事をちゃんと見て
叱ってくれた人はいなかった』

例えそれが教師としての
当然の義務だとしても、
可笑しいと笑われても、
ロシンタはその後キースに
首ったけだった。

そんなロシンタを冷たくあしらう
キースだったが…

「その学校にまず受かり、
3年間留年する事なく勉強に
励み、通ってみろ。志望校が無いならな」

手を組み、そっと背を屈める。
身長が高い彼は
ただでさえ生徒のちんまりとした
椅子に腰掛けるのは辛かった。

「……」

「……その高校をキチンと
卒業出来たら……

貴様は私が引き取ってやる。」

「……え………?」

ずっと下を向いたまま暗い顔を
していたロシンタが
パッ、と顔を上げる。

「貴様の同伴者になってやる、と
言っているんだ。」

顔を上げて視線が合った
ロシンタの瞳を、逸らす事なく
表情を変えぬまま、
キースはロシンタを見つめる。

「それ……って」

ロシンタの胸が静かに早まる。
薄く染まった頬を、更に上記させて。

「貴様が何度も言っていただろう。」

椅子の背もたれに背を掛けて、
こんな事を言わせるな、と溜息を
吐いたキース。

「貴様と結婚してやる、
私が貴様を預かってやる。」

「……受験まで後4ヶ月も無いぞ、どうする」

「……」

元々大きな瞳を更に
大きく丸くさせて、
ロシンタは沈黙した。

次第にその瞳が滲んで今にも
こぼれ落ちそうな、涙を浮かべる。

「……やります……っ」

「受験、受けます……」

細い涙声だったが、ロシンタの決意は
固く、熱い物だった。




*****

「キーちゃ〜ん!」

セーラー服を身に纏い、
鞄を片手にロシンタが手を振る。

「貴様…ッまた凝りもせず…」

無断で門に勝手に入る卒業生、と
彼女は卒業した後でも
教師の間から問題視されていた。
まあ注目を浴びてるのは
主にそこでは無いが。

「……前のテストも、赤点は回避してたよ!」

「…ほう、それは良かったな」

「後少しだね」

ロシンタは今高校3年生。
今の今まで一度も留年する事なく、
苦手な勉強と必死に向き合った。
そして今、春。
この調子なら間違いなく
ロシンタは卒業を迎えるだろう。

「……気を抜いて
留年などつまらん事はするなよ」

淡々と吐いて
キースは手を後ろで組み、
ロシンタに背を向けて去って行く。
あ、冷たい、と両頬を膨らませて
キースを睨むロシンタをよそに、

「その気なら今の内に
荷物をまとめておけ」

と、振り返らずに一言。
その一言に口を噤んで
顔を染めたロシンタは、分かってる、と
返事をした。

中学校の校庭、夕暮れで
オレンジに染まるその背中を
ロシンタは見えなくなるまでずっと
眺めていた。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
第4回BLove小説漫画コンテスト開催中
リゼ