ヤミー(英日)
 2009.08.04 Tue


ひたすらイギリスの料理がどうこう言う話。
ボツねたゆえ途中切り。





美しいまるで磨かれた宝石のような色の瞳に揺れる水滴が、とうとう重力に負けて頬を流れた。噛み締めた唇でその整った顔つきが幾分幼く見えてしまい、それは小さな子供が注射を我慢する表情とそっくりで菊は小さく笑う。



「また喧嘩をされたのですか」

「あいつが悪いんだ…」

「何が原因ですか」

「あいつが、不味いって…」



零れた涙を拭おうともせずアーサーは鞄に視線を向けた。菊も同じように鞄に目をやった。失礼します、と鞄を開けると、可愛らしくラッピングされた箱が少しひしゃげて入っていた。
そっと箱を開く。中には外の可愛らしいリボンに似合わない焦げたお菓子たち。



「…クッキーですか」

「……スコーンだ」



今まで何度不味いと言われたのか、それでも彼は諦めずにオーブンの前に立った。あるいは、それはすでに意地だったのか。どちらにせよアーサーの挑戦は終わらなかったのだ、そしてそれはこれからも続く。
今日のはいつもより焦げなかった。たくさん焼いて、その中で食べられそうなものだけを選んで箱に詰めたのだ。前回も散々料理に対して口汚く言われたのか、とにかくアーサーは本気だった。だが本気も虚しく、結局またぐうの音も出ない程に言われて来たらしい。
彼は黙って悔し涙した。



「貴方は少し焼きすぎてしまうみたいですね」

「笑うなよ。キクは料理ができるから、俺みたいに馬鹿にされたことだってないんだろ」



ぐずぐずと鼻を啜っては瞳から涙を溢れさせた。
そんなアーサーを見ながら菊は箱のリボンを丁寧にほどいた。大人しく箱に鎮座するスコーンを一つ取り出してみる。真っ黒で固くて、でも炭ではない。ひょいと口に入れるとアーサーが騒いだが菊はどうでも良かった。
それはぼそぼそで、口の中でぼろぼろに崩れ去る。味はほんの少しだけ砂糖の甘さ。それも焦げた苦味の中にほんの、ほんの少しだけだ。
けれど菊は暖かかった。確かに美味ではないが、手作りの、アーサーの想いが詰まっていた。



「今まで食べた洋菓子の中で、一番美味しいです」

「嘘つくなよ、無理しなくていいんだ」



いいえ、違います。違いますアーサーさん。料理は味だけが全てではないのです。
アーサーは気難しい顔をしたが菊は構わず口を開いた。



「アーサーさんは何故またお菓子を作ろうとお思いになったのですか」

「そ、それは、悔しかったから…!」

「アメリカさんに美味しいと言わせたかったのでしょう?」



アーサーは一瞬考える素振りを見せて、また黙ってしまった。
確かにそうだ、美味いと言わせたかった。自分でも甘い菓子が作れるのだと、見せてやりたかった。
菊は微笑んでまた一つスコーンを手に取った。



「誰かに喜んで貰いたくて作ったのでしょう」

「キク…」

「アメリカさんも、きっと分かって下さいます」



スコーンは相変わらずぼそぼそでぼろぼろでとてつもなく苦かったが、菊は構わず咀嚼する。アーサーさんの味です、と笑えばその彼もようやく同じように笑った。
誰かが誰かのために作ったのならば、それだけで価値があるものなのだ。美味しくなくても、見た目が悪くても、どんな高い料理もそれには敵わない。菊はそう思った。



「あのな、キク」

「はい」

「ほ、んとはな、その、あれだ、お前に、食べて貰いたかったんだ」



けど俺の料理は不味いから。アーサーは残り二つになったスコーンの一つを口に運んだ。やっぱり不味い、と肩を落としたが続けた。



「俺普通の料理は不味いけど、国には美味い菓子がいっぱいあるんだ。アイスクリームだってアメリカの甘ったるいのとは違う、もっと上手いやつが」

「ええ、存じております」

「キクはいつも俺に美味い料理を出してくれるから、俺もお前に美味いやつ、食わせてやりたかった」



もう一粒碧の瞳から涙が零れたが、今度は菊がそれを拭ってやった。
彼はいつもこんな風に一生懸命に作ったのだろう。アメリカに、フランスに。ただ美味しいと言って貰いたくて、美味しいものを食べさせてあげたくて、ずっと練習してきたんだろう。
不器用で皮肉屋で、そんなことも口では伝えられないが、その分は結果で示したかったのだ、きっと。

結局上手くいかずに犬猿されてばかりだが、アメリカが本気で嫌だと思ってはいないことを菊は知っていたし、またフランスもそんなアーサーを見守って来たのも知っている。











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