ある晴れた日。

ジュミ様が私の部屋へ訪れた。

「リセミル、わたくし、今日はソラト様とどこへ行ったらいいかしら?」
「湖へ!!」

私は占いなどせずにそう返した。

「リベンジだ……。こんどこそ、私は勝つ」
「誰に?」

のほほーんと返すお嬢様。貴女の婚約者、ソラト様の魔法使いを、ですよ…。

とは言えず。

「さあ、行きましょう!」

お嬢様の言葉を無視することにした。


**


良いよ良いよ。計算通りの展開だよ!

心の中で、私は拳を握る。

実際に拳を握り、それをお嬢様やソラト様、それからラノが見ているなんて思いもせずに。

「…じゃ、じゃあリセミル。行ってくるけど…ラノ殿に迷惑かけてはダメよ」
「分かってますよ!行ってらっしゃいお気をつけて!」

ブンブンと手を振ってお二人を見送り、私は近くにあった切り株に腰掛けた。

ラノも、近くの切り株に座る。

よぉし、計画通り…。

ふっふっふっ

「ふっふっふっ」
「(………?)」

恨まないでよラノ。前回気絶させられた、あの雪辱戦なんだから!

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

長い長い呪文を(小声)言い終え、さあ!とラノを窺う。

私が出したのは、

蛙!

「(……リセミルさん……僕は痛い思いをさせたのに、許してまた仲良くなろうとしてくれてるんだ…)」

ニヤニヤ(ニコニコ?)しながら蛙を無言で消すラノ。代わりに…、

「ぎやぁぁああああ!?」

現れたのは、蛇。

気絶。


**


「リセミ」
「湖で!!」

三回目の湖デート。
お嬢様もソラト様も気に入っているのか、特に文句を言わなかった。

「リセミル。本っ当に迷惑かけちゃダメよ。昨日だって貴女、ラノ殿に背負ってもらったんですからね」
「元と言えばアイツのせい……」
「分かったわね!」
「……はい。もちろんです」

なんて。分かってないけど。

前回と同じ切り株に座り、私はラノ殿を睨みつける。

「(苦手なものとかないのか…)」
「(リセミルさんがこっちを見ている…。蛇、苦手だったなんて知らなかったな。蛙を出してくれたから、勝手に爬虫類が好きなのかと思ってた。悪いことしたな)」
「(む〜〜ん…)」
「(でも、僕達あまり話をしてないんだよな…。話し掛けても良いかな)」

私の視線に気付かないのか、ラノはぼーっと湖のほうを見ている。

湖…湖…水、かぁ。

やってみるか。よし。

「リ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

ラノが何かを言いかけた。呪文で遮っちゃった。大丈夫かな。大丈夫か。

形のない水だけを出すのは多大な技術がいるため、私が出現させたのははち切れそうな水風船。

パッと現れて、ラノに向かって落下する。よぉおし!行けーっ!

「(水風船!?……そうか、リセミルさんは水だけ出すのが苦手なのかな。水のかけあいだなんて、仲良しっぽい!)」

パッ。あ、消され…

バチャーン!

頭上から滝のように水が降ってきた。水圧に負け、私はその場に倒れた。

気絶。


**


「リ」
「湖でーっ!」
「…またー?」

四回目。さすがにお嬢様は首を捻るようになってしまった。

「わたくしは良いけど…貴女、いつもいつもラノ殿と何をしているの?」

さすがに物の出し合いで(一方的に)相手を驚かせようと争っている、なんて言えず、私は苦笑いでごまかした。

「…まあ、ラノ殿も特に嫌がってはいなさそうだし、良いけれど」

…そう。私は気付いたのだよ。ラノに魔法では負けるって!二流が一流に勝とうとしたのが悪かった。

だがしかし!!

魔法以外なら、私はラノを驚かせることができるはず!

例えば、そう、例えば……例えばね。

「こ、こんにちは、リセミルさん」
「……んー」
「(聞いてない…)」

お嬢様と湖に向かう途中、ラノビックリ計画を立てていた私。

いつのまにか到着していて、ラノがどこか緊張気味に私に話し掛けているのに気付かなかった。

そして、良い考えが浮かんだんだよ!

タイトルはそう、『体当たり大作戦』

いつもは魔法での驚かしだったので、今回は私が直々に奴にぶつかる、という…。

「(リセミルさん、考え事してる…話し掛けないほうが良いかな。話し掛けても良いかな)」

よし…よし!

私はゆっくりと立ち上がった。…ラノが笑みを湛えながら私の気配をジッと窺っているとも知らないで。

「(…立った…)」

私はラノがこちらを見ないか確認すると、奴の後ろに回る。

何度か深呼吸し、

「……わぁっ!」

大声を出してラノに飛び付いた。ギョッとしたようにラノが目を見開いてこちらを見る。

その顔は、じょじょに赤くなっていく。

「ど?驚いた?びっくりした?」
「あ、……っと」

ラノが何度も首を振って頷く。っしゃ。ガッツポーズをしていると。

ラノが軽く指を動かした。…魔法!「(きょ、今日は何が落ちてくるんだ)」

身構えて待っていると…、

コンッ

「ん?」

コン、コンコンコンコンザーッ

「あた、あだ、あたたたた」

小さな何かが大量に降ってきた。何かと一つつまんで見てみる。

「わ…飴だ〜!飴!あーめっ!」

色鮮やかな色紙に包まれた飴、飴、飴!

私を埋めるように現れた飴玉に、私の頬は緩みきっている。

「(喜んでくれた…)」
「飴ー!」

飴玉の中にダイブした私。ふとラノを見た。

「なんでいきなり飴なんて出したの?」
「…え?いえ嬉しくて…。僕、嬉しいと飴を出してしまう癖があるんです…」
「いい癖だね!…でも、嬉しかったの?」

…何が?


**


「あ、気絶してないわね、リセミル。……ところで、その大量の飴はどうしたの」
「……ジュミ、気にしないで。どうせラノだろ」

さすがに主は知ってるらしい。ソラト様は深いため息をついた。

お二人の視線は、私が持っている大きな布袋。ラノに出してもらって、飴をしまった。

だってこいつ、飴を消そうとしたんだよ!?「余ったら消しますね」とか言って。もったいない。

両手いっぱいに袋を抱える私。それを不安げに見つめるラノ。

「大丈夫ですか?持ちますよ?」
「んじゃ持って。取っちゃダメだからね?」
「取りませんよ…。いくらでも出せますから」

私達の会話にお嬢様は微笑んで、帰りましょう、と切り出した。

帰り道。

「(なんか…転びそうだな…手とか繋いだら怒られるかな…)」

ラノが私を横目で見守っており、

「リセミル。貴女前、勝手に迷子になったわよね」
「(!)」

と言って私と手を繋いだお嬢様を見て悔しがったのは、また別の話。


(おまけ)


「リセミルー」

お嬢様が私の部屋に来た。

今月何回目のデートよ。どんだけデートするつもりなのか。

「今日は…そうですね、公園なんかが良いかと」

てきとうに返すと、お嬢様は「今回は違うわよ」と首を振った。

「え?」
「お客様よ、リセミル。オシャレにはメイドを使って良いわ」
「は?お客?」

ママかな…なんて思っていると。

「…どうも、リセミルさん」

部屋に入ってきたのは、ぎこちない笑みを浮かべたラノ。

「…どうしたの?」

未だに残っている飴を背後に隠し、彼に消されないよう守っていると。

「…お出かけ…しませんか…?一緒に」
「…え?でも、お嬢様は今回はデートじゃないって…」
「それは、ジュミ様と坊ちゃんの話ですよね?」
「???」

意味が分からない。
眉を寄せて首を傾げていると、ラノがいきなり私の手をとった。

「僕と、リセミルさんと。二人ででかけませんか!?」

迫力に圧され、私はコクコクと頷いた。


飴が、私の室内を埋め尽くした。




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