彼女……山岸 結菜が三里先生に質問に行ってから、30分経った。

三里先生は数学の先生で、中学生を教えている。ここは中高一貫校なので、私と結菜ちゃんも中3の時にお世話になった。

2年前は、「嫌い」って言ってたのに。キモいって。

いつから?結菜ちゃんが三里先生に惹かれていったのは。

私が、そんな結菜ちゃんをこんな気持ちで見送るようになったのは。

結菜ちゃんへの恋心を自覚したのは、中1の頃だった。何故かは忘れたけど…いつの間にか好きだった。

けれど、当時は、私と結菜ちゃんは大して仲良くなかったんだ。すぐにクラスも別れて、初恋とは実らないだけでなく友人関係にさえなれないのかと絶望したのを覚えている。

でも、高1で同じクラスになってから急激に親しくなり、高2では文理選択や生物物理のクラス選択でも同じクラスになり、私達は親友の域にすら達しそうな関係になった。

もっとも、私と結菜ちゃんでは相手に対する感情の種類が違うけれど。私のは、あくまで欲望をまとった恋心なのだから。

そんな結菜ちゃんは、高2の最初に恋をした。

数学の三里先生。

頻繁に数学の質問をし、雑談に花を咲かせ、そして過剰なまでに先生の気持ちを推測して落ち込む。

……そして私に、報告する。

『あたし、三里先生に避けられてる気がするの』

三里先生なんて大嫌い。どこかにいなくなればいい。

結菜ちゃんは三里先生と同じ数学教師を将来の夢にした。教育実習で会えるかな、なんて。

大学まではさすがに同じにすることはできなかった。何より、私に教師は無理だと自他共に認めるはずだ。

「だからね、運動会見に来てよー」
「えー?でも俺、中学の教師だし…」
「応援団で踊るの!ね、良いでしょ?」

視線の先には、丸テーブルで話し合う結菜ちゃんと三里先生。運動会に来てほしい、って言ってたから。

私は結菜ちゃんの質問が終わるまで教室で自習していた。たまたまトイレに立っただけだ。

なのに、何で階段まで使って嫌な光景を見てしまったんだろう。最低。

ふと三里先生が視線を上げ、私を見た。結菜ちゃんは私に背を向けている。

何でアンタが気付くの?私は結菜ちゃんに気付いてもらいたいのに、
大嫌い、大嫌い、大嫌い!

結菜ちゃんだって、この女子校という閉鎖された空間で先生に走ってるだけなのに!あんな奴より、結菜ちゃんを見てる人はいるのに。

三里先生がこちらにヒラヒラと手を振った。頭を下げておく。

結菜ちゃんが先生につられるようにこちらを振り返った。

「あ、葉子!どうしたの?」
「え…あ、ううん。ちょっと仲先生に用があって、でもいないみたい」

適当に返事を作ると、結菜ちゃんは「そっか」と言って再び先生に向き直る。

「野中は数学理解できてるのか?」

教室に戻ろうとしたら、しつこく私を引き止める三里先生。結菜ちゃんに好かれてるくせに…私に話し掛けないでほしい。

私は、結菜ちゃんにライバルだなんて思われたくないんだから!

「え?…どうでしょう…?」

小さな声で。否定も肯定もせず、私は駆け足で教室に戻った。

しばらくし、教室でノートをめくっていると、結菜ちゃんが戻ってきた。そろそろ下校時間だから、きっと追い返されたんだろう。

「ぶー」

不機嫌極まりない表情をしていた。

「…先生、運動会見に来てくれないって?」
「はぐらかされてる。ムカつくー!何で来てくれないの!?明日、葉子も三里に言ってよ!」
「わ、私も?」

私が言っても変わらないと思うけど。

「ね?お願い。良いでしょ?」

結菜ちゃんにこんなに頼まれたら、私が断れるはずがない。

「分かった。明日ね」

簡単に頷いてしまうんだ。

文理・生物物理選択的に私と結菜ちゃんは来年も同じクラスだろう。

…二年間。好きな人の恋を見守っていくことになるのかと思うと、ぞっとした。

どうかお願い。

私に、三里先生の話をしないでよ、結菜ちゃん。



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