「おはよう」

駅から学校へ向かう途中。横断歩道で信号が変わるのを待っていたら、突然声をかけられた。声で分かる。三里先生だ。

私の登校時間は遅めだ。それは私が起きるのが遅いだとかそういった理由ではなく、単純に結菜ちゃんの登校時間が遅いから。会えたらいいな、という仄かな希望を胸に、私は限界ギリギリまで遅くしているのだ。

「おはようございます」

だけど、最悪。三里先生に会うなんて。どうして?会ったことなんてこれまで一度もなかったのに。

挨拶だけして離れたら、何食わぬ顔をして隣を歩きだした。……最悪。

「野中は、いつもこれくらいなのか?」

「……はい」

「俺は今日、寝坊しちゃってさ」

「そうですか」

心底どうでもいい情報を提供してくれる。どうして私は、恋敵と並んで歩いているんだろう。なんだか結菜ちゃんに対する裏切り行為なような気がして、私は気持ちが悪くなってきた。

早く、早く着かないかと足を早く動かしてしまう。とは言え、私と三里先生は身長も性別も違う。三里先生は変わらず私の横を歩いていた。

「そういえば、運動会。野中も応援団なの?」

「いえ、私は……。結菜ちゃんに誘われはしたんですけど」

無理だった。ダンスだけは無理。苦手過ぎ。

「あはは、そうか。野中のダンスシーンなんて、想像できないな」

想像なんてしなくて結構。私は苦手な運動会を、結菜ちゃんのダンスだけを楽しみに凌いでいくことを決意済みだ。可愛いんだろう、絶対に。

……結菜ちゃんは、この三里先生に来てもらいたがっていたけど。何がいいんだろう。別に格好よくもないのに。

「先生は……運動会には出席なさらないんですか?」

「ん?んー、迷い中」

「結菜ちゃんは、来てもらいたがってましたけど」

正直、私は来てもらいたくないけど。だって、運動会の時くらいは三里先生のことを忘れてもらいたい。隣にいる私を見てほしい。…私にはそれくらいしか望めないから。

「うーん。そうなんだよなぁ。山岸も誘ってくれてるんだよなぁ」

結菜ちゃんの誘いを断ったりなんかしたら、軽蔑する。

結菜ちゃんの恋が敵ってほしいなんてことはないけど、結菜ちゃんが失恋して、悲しむのも嫌だ。漫画みたいに、私に振り向いてくれることがないのは分かっている。

ならせめて、結菜ちゃんには幸せになってもらいたい。そう願うのは、普通じゃないの?

「私からもお願いします。先生に来ていただいたら、結菜ちゃんも──、私も、嬉しいですし」

「んー、そう?じゃ行こうかなぁ」

本当の気持ちを押し隠して、私は微笑んだ。全く、1ミリも心の込もらない笑み。あんたなんか、来ていらない。そんな気持ちから作られた微笑を三里先生に向けてやる。

やっと見えてきた校門にホッとしていると、そこに見慣れた後ろ姿を発見した。

結菜ちゃん……。

「結菜ちゃん!」

三里先生なんて振り向きもせず、私は駆け出す。この時間帯だったんだ。もう少し早くしよう、と心のメモ帳に走り書きをしながら。














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