――……




 ぐるぐると、まるで世界の中心がこの俺であるようにまわっているやつは、時々立ち止まり寄り添って来て、穏やかに深呼吸する。




 季節は冬で、その日は12月の半ばだった。


 周りはクリスマスを前に浮かれていて、俺もそうなのか、そうではないのか、実際のところはよく分からない。


 隣に1匹、最近妙に上機嫌な男がいて(まあ、元々年中お花畑状態なのだけれど)、なるべくつっこみたくはなかったのだが一応つっこんでみたら、案の定、クリスマスが楽しみだと、幸せそうに口角を上げて言うのだ。別に一緒に過ごす女の子なんていないじゃんかって言ったら、やつは可愛い子ぶってむすっと拗ねたような口ぶりで、たっちゃんと過ごすのが楽しみなんだよって。全く可愛くなかった。ひと通りの言動がやたらと気持ち悪かったので、静かに目の前に腰掛けやつの右足を踏んでやった。ある、昼休みのことだ。




 *




「あー、暇だ」


 やつは授業をよくおサボりになり、放課後に居残りを共生されている。居残るくらいなら授業に出るだけ出て好き放題していればいいというのはやつのあってないような脳でも分かっているらしいが、どうやら“体が勝手に”動くらしい。


「暇なのは俺だ。さっさとやりやがれ」


 大層なご身分だ、本当。


「だって面倒くさいし」

「勉強だからな」

「寒いし」

「冬だからな」

「たっちゃんがいるし」

「おい」どういう意味だこら。


 ふふんと悪気の欠片もないような顔で、やつは笑う。すこぶる鬱陶しいやつだ。一応目の前で座っているやつは勉強中ということで、椅子の脚をやんわりと蹴ってやった。きっと、それが手加減していると分かっているから、やつは俺のそばから離れようとしないのだろう。つまり、そういうことだ。


 外の殺伐とした景色が、白く曇った窓によって遮られている。古くて暖房すら設置出来ないこの教室でも、外よりは幾らか温かい。この辺一帯の冬は、酷く厳しい。


 立ち上がって窓側の机の間に体を挟み込み、白い靄をかき分けて外を覗いた。窓に触れた手がひんやりと冷たい。外はぶ厚い雲が辺りを空を覆っていて、その下にある俺とやつの学校の敷地内には、葉ひとつつけていない木々が並んでいた。殺風景な裏門からは、時々下校する生徒が見えた。あ、あの子は赤いマフラーだ。


「マフラーほしいな」

「俺が温めてあげるよ」

「黙れ」


 女の子はぐるぐると巻いたマフラーの中に顔をうずめて校門の前で立っている。暫くしてから、慌てたように走って来たやけにでかい男が、彼女の右手を攫って行く。ああ、そういうことね、つまりデートだった訳ね。


 そんな光景を、校舎2階の窓からぽつんと見ている俺(彼女なし)。いささか寂しいものがある。


「やっぱり赤いマフラーはいらない」

「ジェラシーか。さてはあの男がこの俺に似てたんだろう」

「おわ! お前いつのまにこっちに……」全体的にお前よりもスマートな身のこなしだったよ、あの彼氏。と、言おうとしたが、やつが俺から目をそらして校門の方に視線をを向けてしまったので、言うタイミングを逃してしまった。


 後ろで俺の後ろから恐らく校門を去っていく恋人達を見ていたのだろう。


 やっぱり、女の子は身長の高い男の子が好きなのだろうか。消えて行った男を思い出しながら、目の前にいる自由人男の顔を眺める。この男はやたらと大きい。だけどひょろっとして細い。ひょっとしたらそこら辺の女の子よりも細いんじゃないかってくらい、細い。


 暫くしてから再び曇って来た窓から顔を離して、やつがふうっとため息をついた。俺もつられてふうっとため息をついた。


「何が楽しくて恋人達のクリスマスに居残りしなきゃいけないんだろう本当」

「何が楽しくて恋人達のクリスマスに居残りする男に付き添わなきゃいけないんだろう本当」


 酷い、捨てられた小動物のような目でやつがこちらを見てくる。いや、お前も十分酷かったよ。


 あ、たっちゃんがいるから素敵なクリスマスだね。やつが目を細めて笑った。


 この男の性格は、へらへらしていて呑気そうな顔とは裏腹に、酷く曲がりくねっていた。本気に見える言動は冗談で、冗談に見える言動は、実は、かなり本気だったりするのだ。もうそろそろやつとつるみ始めて2年になるのだ。ぼんやりとそんなことを考える。


 ――だから、つまり、俺はこの男が“本気”だということを、とっくの昔に知っている。


「たっちゃんは振り向いてくれないね」


 机に戻って勉強をしろと促せば、やつは仕方なさそうにもといた場所に戻る。そして、青いシャーペンを静かに動かし始めた。静謐にまみれたこの空間の中で、やつがシャーペンを走らせる音だけがそこにはあった。


 寒い、やっぱりマフラーほしい。でも、親からもらった小遣いは今月の初めに漫画代に使っちゃったしあんまり残ってない。曇った窓に背を向けて、考えていた。


 気付かなかった、唯一の音が消えていたことに。

 そして、やつは静かにぽつりとその言葉を呟いて、プリントから目を離さずにふふっと笑った。口元は、綻んでいた。


 再び、音が、聞こえる。


「水瀬――」


 止まる。また、聞こえる。


「水瀬」

「居残りが終わったら、ちょっとでかけようか。パスモお金入ってる?」


 今度は止まらなかった。


 顔だけをこちらに向けたやつが、へらっといつもの如く笑った。特に欠点のない整った顔が、破顔する。つられて笑った。俺はやつによく流されている。


「割り勘にしよう。2人で1日ずつ使えばいいでしょう? どうせたっちゃんのことだから、もう手持ち金あんまりないんでしょ」

「ああ、まあ」

「どうしても寒い日は2人で一緒に巻こうね」

「黙れ」


 一瞥してポケットからケータイを取り出す。メールを送信しておいた。今日は、帰りが遅くなりそう。ご飯先に食べといて。


「赤いマフラーは却下だ」


 あいあいさー。ガッテンショウチ。間延びした声が聞こえてきて、再びシャーペンを走らせる音が聞こえてきた。さっきよりも荒っぽかった。



 ぐ だ ぐ だ 好 か れ て 、 友 情 。




 ――……




やたら緩い同性愛者に好かれてしまった一般人のお話。
結局友情だから、ね。

10.11.06.

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