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土方は風間と共に桜木の下に座り、夜空を照らす満月を見上げていた。花びらの隙間から差し込む月の光が、二人を静かに照らし出す。
桜が見たいと言ったのは土方である。
ならば夜、酒を飲みながら花見をしようと提案したのは風間であった。
持ってきた猪口を手にした風間に、土方が酌をする。
「夜桜ってのも良いもんだな」
「そうであろう?……だが桜も綺麗だが、月明かりに照らされるお前の方が綺麗だ」
「なっ……何言ってやがんだ」
綺麗だなんだと言うのは、男に対する誉め言葉ではない。だと言うのに、風間から言われると妙に照れ臭くなってしまうのだ。
土方は僅かに頬を染めながら、咲き誇る桜を見上げた。
緩やかな風に乗って、散る花びらに今まで己が……己たち新選組が歩んできた道を思い出し、目元が綻ぶ。
「京にいた時は花見なんて一度も出来なかったが……、試衛館にいた時は毎年やってたもんだ」
「ほう。あの連中とならば、さぞ賑やかであったろうな?」
「ああ。そりゃもちろん、馬鹿騒ぎしてたさ」
記憶を辿るように、土方の瞼が伏せられた。
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土方は、自分に宛がわれている食客部屋から外を眺めていた。
青々とした空の中、時折り風に乗って散ってくる桜の花びらが視界に入る。
そして、桜で何か一句書けないかと懐紙を手に取った時、ふと廊下の方からドタバタと騒がしい足音が響いてきた。
誰だと眉を顰めるのとほぼ同時に姿を見せたのは、近藤と沖田であった。
彼らは楽しそうな笑顔を浮かべ、ズカズカと部屋に入って来るや沖田は土方の腕をぐいっと掴んだ。
「ほら、早く行きましょうよ」
「行くって、どこにだ?」
「この季節、行く所と言ったら一つだろ?」
そこで土方はピンッときたらしく、沖田に引かれるまま立ち上がった。
平助たち同様、乗り気と見える土方に近藤の笑みが深まる。
「つねに弁当を作ってもらったからな。もちろん酒もあるぞ」
「そうか。そりゃあ、楽しみだ」
土方は二人と共に試衛館を後にしながら、また今年も毎日のように花見をして騒ぐのかと苦笑するが心は弾んでいた。
近藤の話では原田たちは先に花見をする場所に向かったらしい。
いつからか指定の場所となった所を、他の者に取られてはならないと思ったのだろうか。
確かにそこは、どこの桜よりも綺麗な花を咲かせるから、その気持ちも分かる。
「おっ、やっと来たか。遅ぇぞ!三人共」
「文句を言うなら土方さんにお願いしますよ」
大きく手を振る永倉に、沖田は肩をすくませながら横目で土方を見た。
何だよ?と睨んで見れば、ただ笑みを返されるだけ。土方は浅い息を吐き出し、既に徳利や猪口が並ぶ花見の席へ足を向けた。
「土方さん、俺の隣にどうぞ」
「ああ、悪いな斎藤」
「あー、一君ずるいじゃん!」
斎藤に促されるまま彼の隣に土方が座った途端、平助が不服を訴えんとばかりに叫んだ。
だが斎藤は平助の声が聞こえなかったように、素知らぬ顔で土方に酌をすべく徳利に手を伸ばしていた。
そんな彼の行動に平助は肩を戦慄かせ更に言い募ろうとしたが、その肩を優しく叩かれた事により間を失ってしまう。
「斎藤君の方が一枚上手だったようですね」
平助が見上げた先には、それはそれは優しい微笑みを浮かべている山南の姿。
その微笑みが異様に怖くて、平助は何も言えぬまま弁当へ箸を伸ばすのだった。
「土方君、隣に座っても構いませんか?」
「おう、好きに座ってくれ」
斎藤に酌をされながら上機嫌で頷く土方。
彼の隣に座った山南は手に持っていた猪口を差し出すと、その意図を悟ったらしい土方は「仕方ねぇな」と文句を言いながら、けれど笑みを携えたまま斎藤から徳利を受け取り酌をする。
「おい、斎藤。ついでだ、お前にも酌してやろうか?」
「あっ……は、はい。お願いします」
思ってもいなかった申し出に、斎藤は両手で猪口を持ちスッと土方の前に差し出した。
それを見ていた原田や永倉、肩を落として弁当に箸をつけていた平助までも動きを止め、互いに顔を見合わせてから己が先だと言わんばかりに土方の前に猪口を出した。
「な、なんだってんだ?お前ら、いきなり」
「ついでならさ、俺にも酌してくれよ。なっ、いいだろう?」
「土方さんに酌してもらえたら、その酒も格別な味になるだろうな」
「オレも!土方さんに酌してもらえたらスゲー嬉しい」
揃いも揃って瞳を輝かせながらグイッと猪口を突き出され、土方は身体を引きそうになりながらも断る理由も無いためそれぞれに酌をしてやる。
それだけで嬉しそうに三人が笑うものだから、土方も悪い気はせず笑い返した。途端に頬を赤らめる三人に、土方はもう酔ったのかとからかう。
その様子を見ていた沖田は、面白いものを見たとばかりに笑った。
「ねぇ、近藤さん。このお弁当美味しいですね」
「そうだろう、そうだろう。どんどん食べるといい」
「はい、いただきます」
僅かばかりでも声を弾ませている沖田を、近藤は微笑ましい思いで見つめていた。
それからは、酒に酔った原田が腹の傷を見せながらあの時はこうだった、ああだったと自慢気に話しては常の如く腹に絵を描き腹踊りを披露し始めた。
それを平助と永倉が笑いながら「いいぞ、いいぞ。もっとやれー!」と煽りながら見ている。
そんな彼らを山南と斎藤、そして沖田が少し離れた場所で酒を飲みながら眺めていた。
土方は徳利と猪口を持って近藤の隣に移動して座り、楽しそうに騒いでいる彼らを見て苦笑した。
「相変わらず、騒がしい奴らだな」
「そうだなぁ。だが楽しくていいじゃないか」
「まぁ、確かにな」
朗らかな笑みを浮かべる近藤に、土方も表情を和らげる。
柔らかな風が土方たちの頬を撫で、酔いで熱くなった頬には心地よいと瞳を細めた。
こうやって皆で騒ぐのは嫌いじゃない。楽しそうにしている皆の姿を見るのも好きだ。
「ほら、近藤さん。俺が酌してやるから、もっと飲めよ」
「ああ、悪いな。それなら俺も注いでやる。もう少し飲めるだろ?」
「おう、まだまだ平気だ」
互いに酌をし、笑いながら酒を楽しむ。そんな彼らにいち早く気付いた沖田は、わざと二人の間に座って悪戯っ子のように笑った。
「もう、二人だけで楽しむなんてずるいですよ?ほら、土方さん。つねさんが作ってくれた卵焼き、美味しいから食べさせてあげます」
「はぁ!?んなの自分で食える。それは、お前が食え」
「まぁまぁ、そう言ってやるなトシ。総司はお前に食わしてやりたいんだろ」
「そうですよ、土方さん。だから、あ〜んして下さい」
「ふ、ふざけんな!誰がそんな恥ずかしい真似出来るか!?」
そうした二人の攻防を、近藤は大きな口を開けて笑いながら見守っていた。
――また今年も、桜が散り終わるまでの騒がしくも楽しい宴が始まったのだ。
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