波乱のツキプロ文化祭その3
2018.11.09 Fri 09:29
買い物班が出かけた後、俺は細々とした作業をしようと控え室に戻った。
まずは昨日のコーヒーフィルターをもう一度数え直した。
今度は間違えないように声に出しながら慎重にやった。
「625です」
次は釣り銭だ。
事務所からもらって来た100円を数える。
30枚あったので3000円だ。
訂正してノートに書き込んだ。
それが終わると葵さんとまた販売の打ち合わせをして、買い物班の帰りが予定よりも遅くなっていたので先に昼食を取った。
結局買い物班が帰って来たのは1時を過ぎた時だった。
「食材以外にも買ったら遅くなっちゃって」
そう言いながら春さんは買ったものを整理する。
食材だけでなく、他にも使うものが多くてたくさんの荷物だ。
俺も整理を手伝った。
☆☆
「では、このプリントを見てくれ」
3時過ぎ、確認を兼ねてのミーティングが始まった。
打ち合わせでもらったプリントの大事なことだけを始さんがわかりやすくまとめてくれていて、それを見ながら一つ一つを確認する。
「いいか、衛生面は特に厳しくチェックされるぞ。もし担当者がアウトだと判断したら出店は停止になるからな。安全を考えて俺たちはエプロンとバンダナを全員必須にしよう」
それから、それぞれのシフトのプリントを配って最終確認をした。
施設の方が何時に入るのか、先輩やフルーナ・セレアスのみんなも何人化手伝いに来てくれるということでいつ入ってもらうか、それも含めて確認した。
「それじゃあ最後に明日のスケジュールだ」
始さんがパソコンを確認しながら話を進める。
葵さんがホワイトボードに《明日のスケジュール》と書いた。
《8時:スタジオ集合
8時35分:施設の方の迎え(始、陽駐車場へ)
9時:ガスボンベなど備品を取りに行く
9時半:それぞれの担当ごとにミーティング
10時半から17時:販売
終わり次第片づけ》
スケジュールはざっとこんな感じだ。
「よし、ミーティングは以上だ。作業が残っているやつは続きをやってくれ」
始さんの号令でまたみんなが作業し始めた。
☆☆☆
「あっ、そろそろテントを畳みに行こうか」
春さんに言われ、いったん作業は中断になった。
確かに時計を見るともう5時過ぎだ。
「あれ?これ抜けねえ」
テントを畳んでいた陽が突然言った。
「えっ?どうしたの?」
「ああ郁、ここが抜けねえんだ」
見てみると確かに棒が抜けない。何人化でやってみたがびくともしない。
「あっ、ここ、さっきやった時なんか入り難くて。でもうまくやったら入ったのでそのままにしちゃいました。ごめんなさい…」
俺は思い出して誤った。
あの時ちゃんと報告していれば良かった。
「大丈夫だよ、郁のせいじゃないから」
春さんがそう優しく言ってくれたが、俺は焦っていた。
「今担当者がくる」
すると、連絡に行っていた始さんが帰ってきた。
「了解。ありがとう始」
その後見てもらったら、テントは壊れているようで、業者を呼ばなければどうしようもできないということだった。
しかし明日の朝にならないと呼べないみたいで、とりあえずテントを壊して予備のものを立てた。
☆☆☆
「本当にごめんなさい」
全ての作業が終わって控え室に戻ると俺は改めて謝った。
「壊れるなんて思わないよ。大丈夫だよ」
「ああ、結果予備のを借りられたんだ、もう気にするな」
始さんや葵さんに言われてもう考えるのはやめることにした。
結果なんとかなったんだし。
☆☆☆
「おう、おまえらやってるか?」
夜も遅くなり、そろそろ疲れが出てきた頃、入って来た黒月さんにみんなから完成が上がる。
「わあ!肉饅だー!!!!」
そう、お腹が空いた俺たちに差し入れをしてくれたのだ。
「わあ!ほんとありがとうございます」
みんなが嬉しそうに袋の中を除きこんだ。
「ピザ饅が6個、肉饅が6個だね。何がいいかな?」
春さんが袋の中を見ながら言った。
「あの、年中と年長の皆さんからどうぞ」
一番に飛びついて嬉しそうに中を見ていた駆がはっとして言う。
お腹が空いているとはいえ年下なのでうえの人に気を使ったのだ。
俺もそれに賛成だ。
「いいよ、残ったので」
と、夜さんが言えば、
「じゃあピザ饅をもらえるかな?」
と隼さんが言い涙が手渡した。
「じゃあ俺肉饅にしよっと」
陽は自分で袋から取ってもう食べている。
「駆、食べたいでしょ?」
と春さんに言われ、結局俺たちも一緒になって選んだ。
「うーん、おいしい!疲れた体にしみるー」
新さんがピザ饅をほおばりながら言う。
「うん、美味しい」
涙も同じくピザ饅を食べながら言った。
ハプニングはいろいろあったが、無事に明日を迎えられそうなことにほっとして、ホカホカの肉饅でさらにホッコリ温まった。
「頑張って良かった」
という恋の言葉に俺と駆もうなずいた。
いよいよ本番は明日だ。どんな感じになるだろう。不安もあったが楽しみな気持ちの方が大きかった。
☆☆☆
そして翌日。
いよいよツキプロ文化祭本番。
俺たちは8時に昨日の控え室に着いて、準備に取り掛かった。
調理のメンバーはキジを作っていた。
俺は春さんと冷蔵庫に入ったおやきの中身に使う食材を運んだ。
正直慌しくて余計なことは考えられなかった。
そこから帰ってくると既に施設の人は来ていて、遅れて事故紹介をした。
その後はテントに移動してガスボンベの設置、最終ミーティングを終えていよいよ中に入った。
時刻は10時半の少し前だった。
今日はセレアスのレイナちゃん、椿ちゃんが手伝いに来てくれるが人が少ないので休憩はほぼなしだ。
「やっほう、今日はよろしくねいっくん」
テントに入るとエプロン姿のレイナちゃんが声をかけてきた。
「おはよう。こちらこそよろしく」
俺はおやきをお客さんに渡す係を施設のおじいちゃんとやって、レイナちゃんは焼かれたおやきをコーヒーフィルターに入れる係だ。
れいなちゃんにとっては初めて扱うものだが器用に入れている。
☆☆☆
11時半、焼きの作業が少し手間取ってしまったので実際に商品を出すのが遅れてしまったが、いよいよ販売開始だ。
「アン子一つ!」
「了解です」
注文を聞いている葵さんに焼いている鉄板の向うから呼び掛けられた。配置の都合で商品を渡す人と会計、注文を聞く人は離れているのだ。
ちなみに焼きを真ん中に、右に渡す人、左に会計と受付だ。
俺はトレーに置いてあるおやきを手にとった。そして、会計を済ませてやって来たお客さんに手渡す。
「はい、アン子一つです、お待たせしました」
テントの中からだが俺たちは呼び込みもした。
店の前には行列ができていて、あっという間に焼いてあるものが無くなってしまっている。
先輩のタレントさんが手伝いに来てくれているが、経験はあるといっても大変そうだ。
「アン子ありません」
「肉味噌後一つです」
なんて声が店の中に響いていた。
れいなちゃんたちは本当は12時までの予定だったが、元々販売を始めたのが遅くなってしまったことと、昼時でピークなのもあり、1時間延長で手伝ってくれた。
でも1時には次の仕事があるからと帰って行った。
「どう?順調?」
二人が帰った後、調理担当の駆がテントを見に来た。
「うん、今は少しピークを過ぎたって感じ」
俺が答えると駆はエプロンを付けながら言った。
「じゃあそろそろ郁休憩してきなよ。こっちは調理室6人しか入れなくて人数も足りてるから俺やるよ。始さんが昼食べてない人に声かけてって」
「えっ?大丈夫?じゃあちょっと行ってこようかな」
「行ってらっしゃい」
駆の言葉に甘えて俺は少し休憩を取らせてもらうことにした。
ちなみにそんな始さんはといえば、テントと調理室を行き来する司令塔がいた方がいいだろうとその役をやってくれている。
一応トランシーバーを使って連絡は取るが、あまり大事なことは話せないので見回ってくれているのだ。
今日は求刑が取れないつもりでいたからとてもありがたかった。やっぱりずっと立ちっぱなしなので体力に自信がある俺ではあるが、少し疲れが出てきたところだった。じっとしているより走っている方がつかれないんだよね。
☆☆☆
休憩を終えると、俺はテントに戻った。だいぶ売れたようである。
「おう、郁おかえり」
海さんがお焼きを焼きながら声をかけてくれた。
先輩に教えてもらってだいぶさまになっている。
「戻りました!売れているみたいで良かったです」
「おう、そうだな。よし、ラスト頑張るぞ!」
そうして、俺たちは引き続き売り続けて、4時頃には完売した。
「おつかれさまー!!!」
「売れたな、ファンの子たちとも交流できたしいいイベントだなあ」
「たくさんお客さん来てくれて良かったね」
「ほんとに良かった。でも明日も頑張らないとですね!」
俺と葵さんと海さんと陽とでおつかれさまを言いあった。
でも、今日は少し反省もあったからなあ。明日に生かさなくちゃね。
☆☆☆
それからごみを捨てたり、テントをたたんだりして、控え室に戻った。
「おつかれ。今日の反省は今共有しておいた方がいいと思う、何かあるか?」
明日のために今日の反省店を出し合った。
ごみの分別が厳しかったとか、焼きの時間がかかってしまったとかいろいろ出て、明日はどうしたらいいか案を考えた。
それで、明日は今日よりも早く来て、きじ作りを俺たちだけでやろうということになった。
結局今日も全部終わったのは8時を過ぎていた。
疲労はたまっている筈だが、達成感はあった。
明日はもっとたくさん売りたいなと思った。
☆☆☆
次の日、俺は昨日より30分前に起きて準備をした。
向うに着くと調理班ではないけどきじ作りを手伝ってバタバタしてしまった。
でも、昨日と同じ10時半前にはテントにちゃんと入ることができて、今日は遅れることなく販売を始めることができた。
今日はデザ王の先輩も来てくださっていて、実際販売にも入ってくださったので俺は外で呼び込みと、トランシーバーを持って連絡を受ける係をした。
意外と連絡が来るので午前中のうちは仕事があった。
お客さんは昨日より来ているような気がする。
今日は焼きのメンバーも慣れてきたのか順調に思えた。
☆☆☆
しかし、昼過ぎ、俺がトイレから戻ってくると、少し深刻そうにしているみんながいた。
どうしたのだろうと様子をうかがっていると、ババロアンさんが話始めた。
「さっき来たお客さんからおやきが焦げているというクレームがありました。それで私は、衛星のことを考えて、少し焼く時間を長くしていますと伝えたうえで、返金してもらうか、もう一つ買い直すかを聞きました。そうしたらお客さんはもう一つ買い直されました。そういうことがあったので報告です」
俺がトイレに行っている間にそんなことがあったのか…。
しかも、さっき葵さんと夜さんは店の看板を作り直すと行って部屋に戻ってしまって先輩たちしかほぼいない状態になってしまっていた。
俺は先輩に任せきりにしてしまったことを反省した。
問題にはならずに解決できたから良かったが…。
☆☆☆
昼休憩をした後、なんだか少し頭痛がした。
薬を飲みたかったが水が無かったので、どうしようかと探していたら、涙が水を分けてくれた。
「いっくん、具合大丈夫?」
「うん、平気。これからまた仕事だからな。ひどくならないように予防だよ」
「そっか。ならいいんだけど…」
心配そうに言ってくれる涙に大丈夫と笑顔を作る。
まあ、大丈夫だよなとこの時には思っていた。
☆☆☆
それからまたテントに戻って少し呼び込みをやった。
外は割と寒くなっていた。
途中には良く共演する最近仲のいいアイドル仲間が来てくれてしばらく話をした。
そして、3時を過ぎると老人ホームの方が帰るということで、お礼を言ってみんなで写真を取って見送った。
俺は主に販売で一緒だったおじいちゃんにお世話になったので最後にちゃんとありがとうございましたと言えて良かった。
しかし、この時からなんだか寒気がしていた。
「すみません、ちょっといっかい戻っていいですか?」
俺は許可を取って部屋に戻った。
部屋には何人化先輩たちがいた。
「郁大丈夫か?」
同じく部屋に戻っていた新さんが心配そうに声をかけてくれる。
「ああ、なんかちょっと寒くて…」
「そうか。じゃあ俺の上着貸すから休んでていいと思うぞ」
そういって着ていた上着を貸してくれた。
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて上着を着させてもらうことにした。
休んでいるとどんどん具合が悪くなってきた。
寒いし頭が痛い。
これはやばいかもしれない。
「郁、熱あるんじゃないか?」
今度はときどき共演して良くしてもらう男の先輩が声をかけてくれる。
「ちょっと触るぞ」
先輩はそう言って俺のおでこに手を充てると、
「うん、熱いね」
と納得したように言った。
「すいません、心配かけて…」
「いや、それは気にするなよ。でもさ、帰った方がいいんじゃないか?」
そう言われたがそれはできないと思った。
だって、始さんは体調が悪くても働いているから。
昨日だって、今日だって実はあまり体調が良くないようなのだが俺たちのために動き回ってくれているのだ。
心配をかけるからと春さんぐらいにしか言っていないようだがたまたま聞こえてしまった。
具合が悪いからと言って帰るわけにはいかないんだ。
とりあえず終わるまではいようと思った。
「大丈夫です。とりあえず最後まではいます」
だから先輩にはそう答えた。
それから結局テントには戻れなかったが今日も完売したという報告に嬉しくなった。
打ち上げがあるということで片づけは簡単にやった。
この時俺は迷っていた。
打ち上げに行くか行かないかだ。
手伝ってくれた先輩たちも一緒にこの場所から近いレストランで打ち上げがあるのだ。
寒気がして頭は痛いが食欲はある。
一人で寮に帰っても面倒がって何も食べない未来が見えている。
だから迷っていた。
☆☆☆
イベント会場から車で移動することになっていて、俺は春さんと始さんと一緒になった。
「郁、大丈夫?」
乗り込むと春さんが心配してくれた。
「大丈夫です、打ち上げに行こうか迷っていて…。お腹は空いてるんですよね。きっとこのまま帰っても何も食べないと思いますし」
「俺は無理しない方がいいと思うぞ」
俺は思うことをそのまま話したが、前の席の始さんが後ろを振り返って言った。
「そう…ですかね」
俺はまだ迷っていて、歯切れの悪い返答資家できなかった。
ところが車で向かううち、だんだんと気持ちが悪くなってきた。
「すみません、今日は帰ります」
そろそろ耐えられなくなってきたので途中の駅でおろしてもらい、電車で帰ることにした。
たまたま隼さんに会えたので姿が見えなくなるおまじないをちゃんとしてもらった。
駅で電車を待つだけで人酔いをしてしまい、帰ってきて政界だと思った。
俺は寮に戻ってすぐ布団に入った。図ったら微熱があった。
しばらく練れずにいたが少し寝たと思ったら逆に気持ちが悪くなった。
まあ、いつも熱を出しても次の日には下がるから大丈夫だろうとは思った。
☆☆☆
結局次の日はだるさが残った。
学校に行こうかどうしようか迷った。
「おはよういっくん、具合どう?」
共有ルームに行くと珍しく涙がいた。
「涙珍しいな。うーん、まだちょっとだるいかな」
「そっか。無理しないでね」
「ありがとう」
心配してくれてるのがわかって嬉しくなる。
「よお、郁大丈夫か」
「具合どうだ?」
すると海さんと陽が同時に入って着た。
俺はまた涙に言ったのと同じことを伝えた。
そして最後に…。
「いっくん!!具合はどうかな?」
隼さんが俺に突進する勢いで飛び込んできたのであわてて止めた。
「あの…隼さん、移ってしまいます」
「ノンノン、だーいじょうぶさ☆」
「何がだよ!」
陽からすかさず突っ込みが入った。
みんなに心配してもらえて心は元気になった。
「ポカリとかちゃんと飲んで後は寝ることだからな!夜は疲れたらしくて珍しくまだ寝てるけど、きっと後でなんか作って持って行くだろうから。まあ俺が作ってやってもいいけどこの後仕事と学校だからな…」
「陽ありがとう。気持ちだけでうれしいよ」
「いっくん、今日は休めそうなのかな?」
隼さんに聞かれた。
「まあ、授業だけなので休もうかとは思ってるんですが…」
「休めるときにはちゃーんと休むんだよ」
実は思っていたんだ。こんなことで授業を休むなんて甘えなんじゃないかって。
でもそんな俺の心をこの魔王様に見破られてしまった。
「あはは、隼さんに心読まれちゃいました」
「そりゃあ、僕はいっくんのこと何でもわかるからね♪」
「それじゃあ今日は休めよ郁」
海さんにも言われ、俺はまた部屋に戻った。
隼さんの言う通り、休める時にはしっかり休もうと思って、心も体もしっかりと休養した。
途中退屈だろうとプロセラメンバーがLineの相手をしてくれたり(隼さんは看病したいと言ってくれたけど移したら嫌だから断った)、隼さんが小説とかいろいろ送ってくれてそれを見たりした。
思えばこの1週間、メンバーとは雑談なんてほとんどしなかったから、久々にできて楽しかった。
こういう休みも悪くないなって思った。
☆☆☆
振り返ってみるとほんとにいろんなことがあった1週間だったなあ。
無事体調も良くなった。
今回は仕事をさせてもらっているという責任をすごく学んだ。
それぞれが役割を考えて動かなきゃいけないこと。誰かがやってくれるだろうという考えじゃ甘いこと。
施設の方や先輩がいて、お客さんがいて、自分たちだけでやっているのではないということ。
上げたらきりがないくらい本当にたくさんのことを学ぶことができた。
これからこうやって仕事をすることがまたあると思う。
今度は始さんに負担をかけすぎないように。
今回みたいに最後は、「みんなで頑張ってきてよかったね」と笑えるように。
自分は一人じゃないってみんなが思えるように。
そんなことを思うのだった。
(完)
流星郵便(0)
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