朝、目が覚めると真っ先にほろ苦い様な、何とも云えない甘い香りが鼻を刺激した。
「……ん、ぅ?」
不意に意識がフッと覚醒し、小さく声を漏らすと、甘い香りが寝室全体に広がる中をベッドが小さな悲鳴をあげるのも気にせず、ゆっくりと気怠げな身体を起こした。昨晩に博物館に展示された宝石の依頼を終えて、この事務所に帰ってきた後、シャワーも浴びずにベッドへダイブするとまんまと眠気に襲われて寝込んでしまって、確か晩飯も食べてなかった気がする。その時に事務所には誰一人も居らず電気も消えていたので、付ける事自体が面倒になったからそのまま寝ていたのか。
確か――ああそうだ。友達以上恋人未満な仲間――ローランサンは、三日前ぐらいから出張中だ。シエルとか云うローランサンが恋した可愛い街娘が引っ越したと云うので、彼女の元に出掛けているから、どうせ事務所に戻ってきても誰も居ないのは当たり前だった。
それにしても、寝室中が自棄に甘い香りに充満している。真っ先に鼻をつく甘い香りに満たされて思わずぐうの音が鳴りそうだ。
しかし、誰も居ない事務所の筈なのに、何故何処からかこんな苦い様な甘い香りがするのだろうか。例えローランサンだったとしても、パリ街(だったと思う)からこのルーアン街までやってくるのは何時間か掛かるし、未だこんな男だらけな盗賊の事務所の元に居るより、彼女ことシエルの元に居た方がまだマシ(と、思う)だろう。じゃあこの甘い匂い一体?
何かと微かな好奇心を招く甘い香りに面倒臭さを覚えつつ立ち上がると、一階のリビングに向かおうと階段を降りた。不意に大きな欠伸がやってきたので、口元に手を当てて噛み締める。廊下は何となく冷気が通って微かに肌寒かった。
階段を降り終えた直後、甘い香りが強くなった気がして、一気に鼻に集中する香りに眉を潜めて足を止めると、顔を上げた途端に事務所内の奥に続くキッチンから、光が漏れている事に気付く。
因みに外は未だ薄暗く、時間で云えば今は早朝の五時ぐらいだろう。珍しく早起きした事に、小さな嬉しさを感じた。
「…………?」
キッチンの向こうから微かに食器が重なる金属の音と、ボウルに何かを入れてカショカショとかき混ぜる音が己の耳に届く。
多分、この甘い香りはキッチンから漂ってくるのだろう。
(……誰か其処に居るのか?)
気になってキッチンに歩み寄って見ると、扉をそっと開いて顔を覗かせて見た。
キッチンは思ったより明るくて、暗闇に慣れた目には不便だったが、視界が見えないよりかはマシだった。瞳に映るキッチンには、一瞬有り得ないと目を疑った。同じ銀髪、見慣れた紺のレザーコートにコートから覗かれたすらりとした足、少しだけ広い背中には微かに胸が高鳴った。
その姿は今、未だあのフォルトゥナに居る筈の年下のコイビト――ネロが、ボウルを手に持ち何やら必至に中身を掻き混ぜているではないか。
「…………ッ」
気付かれない様に声を押し殺して息を飲み、近くの壁に手を付けつつゆっくり一歩ずつ後ずざると、不運にも程があり近くにあった掃除用のバケツが、足に当たって軽く音を立てた。その途端ぐらりと視界が揺れて、身体が後ろに引き寄せられる。
そのまま後ろにめがけて身体が倒れてしまうと、豪快にもバケツが二三個倒れて大きな音を出してしまった。
背中に伝わる強い痛みが走り、慌てて起き上がろうとしても腕に力が入らず、寧ろ倒れていろとばかりに身体が痛くて動かない。
軽く唇を噛み締めると、自分の過ちに小さく舌打ちをした。よりによって何故此処にバケツが数個あるんだ、と文句を云おうとしたが、直ぐに胸の奥で思いっきり叫んでやった。とんだ辱めな体勢だ。
何より気に入らないのが、まるでM字開脚みたいに足を開いているので、しかも動けないから凄く不便に感じた。
その途端、不意に頭上から低い声が降り掛かった。
「……ンな所で何してんだよオッサン」
青年ならではの透き通った低い音程が耳に届き、ついハッと我に返って顔を上げたら、ネロが呆れ返った様な眼差しを向けながら、腰に手を当てて見下ろしていた。それに、ネロの左頬には茶色いクリームが付いており、気付かなかったが紺の女性用エプロンをしている。
キリエ、のお嬢ちゃんに貸して貰ったのだろうが今は関係無い。
何よりネロの呆れた眼差しが突き刺さって、一気に気まずい雰囲気となった。
「…………」
「ぁ……そ……の……ハハ……」
冷めた空気が間を過り、何とも云えない静寂がキッチンの入り口に広がる。無言で見つめてくるのだから何だかとても気まずくて、目を逸らして場を凌ぐしか無かった。ああ、覗き見したのがイケなかったのか?
脳裏で色々な思考を巡らせ視線をあちこちにやっていると、冷めた静寂を破ったのがネロの方からだった。
「……おっさん」
「ッ……な……何だ?」
「まさか……今俺がしてた事……見てた?」
息が詰まって、返す言葉が見付からなかった。
確かに気になって覗き見はしていたが、ネロが今さっき何をしていたのかは分からなかった。頬に付いたクリームに、紺のエプロンときたら何かデザート的な物を作っていたんだろう。
「……まぁいいや」
「へ?」
「おっさん……ちょっと待っとけ」
何を云ってくるのかと思えば、ネロは一息吐いてあっさりとこの事を気にせずに流した。急な心変わりに思わず、眉を上げて間抜けな声を出してしまった。ネロは一言云い捨てるとキッチンに戻ってしまい、再度カチャカチャと音を鳴らしてボウルの中のクリームを掻き回し始めた。
物の数秒後、ネロは何やら満足げに「良し」と、呟き再び戻ってくると、今度はボウルごと持ってきだした。不意に甘い香りがつん、と鼻を刺激し力を抜けそうになるが其処は持ち堪えて、ネロに顔を向けた。
「アンタはストサン食べまくるくらいなんだから甘い物好きだよな?」
「……? あ、ああ……まぁ」
「じゃ、丁度良いなっ」
と、嬉しそうにネロが笑むといきなり、自分の開かれた足の間に身体を割り入ってきた。手元に持ったボウルの中に掻き回されたばかりの、茶色をしたクリームを人差し指で救い上げると、ネロは此方の唇にそのクリームを塗り付けるようにして、人差し指を押し付けてきた。
すると、間もなく唇に柔らかい感触が伝わってきた。
「――ん……甘いなやっぱ」
「……は? えっ、ちょ……んん?」
「どうせおっさんと会うの久しぶりだし、ヤるか」
「……ちょ……! 坊や! ストップストップ!」
止めてくれ、と云おうとした矢先にネロへ手を伸ばすが、ソレは呆気なく返され、と云うかネロはいきなりズボンをずりおろしてきた。
「ゃ、何しっ……」
「前からやってみたかったんだよなー…こー云うプレイ。アンタもすきなんじゃね?」
「や、やめっ、ネロっ、ストッ……ぷぁ!?」
何事かと思えば、ズボンを脱がした矢先にネロは、下着の上から扱く様にして自身を掴んできた。
暖かい熱を持った左手の感触に思わず肩をびくつかせ、自分で口元を覆い隠す。
「っんぅ……!」
「あ、おっさん今感じた?」
そのまま下着越しに自身を扱かれ、思わず漏れてしまった声と反応に気を良くしたのか、ネロから嬉しそうに問い掛けられた。
そしてネロの手は直ぐに下着を潜り込んで、俺の自身は直接触れられた。不意の行動に思わず目を見開くと、慌ててネロの手を押さえ付ける。
「ぅやっ……ネロ! やぁ……!」
「どーしたのおっさん。ちょっと敏感?」
「ぁ、ひっ!」
ぐぷ、と自身の先端を親指の平で押し付けられ、ちょっと擦っただけでも何故か俺の身体は、面白いくらいに跳ねた。
鈴口を押えられ、内側へ侵入してくるような刺激に弱い俺にとって、その快感は苦手なものだ。
ふとしてネロは、刺激に顔を歪めた俺を横目に、そっと右手を伸ばしボウルの中に入ったクリームを掬った。しかもあの右手で。
自身を弄られて目に少し涙を溜めながらも、俺はネロが何をするかだなんて気付く筈も無い。
自身を伝って内側にくる刺激に、俺は震える手をネロの袖に伸ばすが、ネロは嬉しげに笑みつつ耳に口を寄せてきた。
「ね……ろっ、ネロ、ゃあ……」
「……ちょっとおっさん、クリーム食べてみるか?」
「……な、に?」
囁くと同時に、涙越しの瞳に映るのはクリームを纏ったネロの右手。その手を何処に持っていくのか、ネロが口にした問い掛けの意味を理解すると、俺は流石に抵抗した。クリームだなんて冗談よしてくれよ坊や。
「ッ! ネロ……っ、嫌だネロ……っふ、ぅ」
「泣くなよおっさん。食べてみようぜ? ……美味しいから、さ」
「やっ……――あ!」
つぷ、とネロの右手の人差し指と中指が二本、同時に俺の秘部にあてがわれる。
クリームと共に入ってくる感触は異様に気持ち悪くて、不思議な感覚に襲われた俺はネロに縋った。けれどネロは、そのまま指先を直ぐに第二間接までくれは折り曲げた。丁度、所謂其処が前立腺と云う場所なのだろう。
微かに目を見開き、ネロの袖を掴む手を強めれば、ネロは前立腺を軽く突いてきた。
腰にくる刺激に、俺は無意識に首を振るう。
「どう、美味しい? おっさん」
「ゃ、あっ、あ、あひっ……ネロ……なん、か……っあ!」
「何? 何だって?」
「なか……がっ、痒……い」
何故かは知らないが、不意に前立腺の辺りが暫くもしない内に、どんどん水みたいに沸き上がる様にズクズクと疼いている。
むず痒い様な、もっと刺激が欲しいと疼く其処から、はい上がる様な刺激には息が詰まった。
顔が、火照る様に熱い。頭もぼんやりと思考を途絶えさせて、何も考えられなくなる。
「は、ぁ……っ、熱い……ネロ……! 熱い、ね、ろっ、奥……ぅ、やんっ……!」
「ん……? ああおっさん。熱いって、熱でも出たのか?」
「ひ……ひぃっ、あ……ネロ、ネロぉ……!」
休む暇無く今度は指で強く前立腺を突いてくる所為か、自然と押し寄せてくる快感に着いていけず息が上がるばかりで。
畜生、元からこれが目的で、あのクリームに媚薬を仕込んでいたのだろう。酷い坊やだ。
わざとらしく首を傾げて問い掛けてくる坊やを、虚ろに視界を彷徨う中で見つめ返すしか無かった。クリームの所為か、じゅぷじゅぷと下品に音を立てて滑り良く指を抜き差しされ、自分の爪先が曲がった。
「ほらおっさん、動けッよ!」
「や、やぁっ……! ネロっ、其処突いちゃっ……あっ、ああっ、ん、んッ」
「何で? 気持ち良いんだろ」
「うやっ……あっ、ああァ!」
執着に前立腺を突かれ、何もしていないのに先走りが己自身の鈴口から溢れだす。
云いたくなくても押し寄せてくる快感の波に飲まれているのか、ネロに対して一向に文句を云う権利を与えてくれない。
ああ、駄目だ。指だけで――
――イってしまう。
「ふあっ……あ、ああぁ!!」