正直、云わずと知れた生と死を傾かざる冬の天秤は、危機感を感じていた。
「何でこんな事になったんだろう……」
怖い。怖い、怖い――あらがえぬ恐怖が冬の天秤の心情を蝕んでいき、冬の天秤は寝室の奥の一番隅っこに、異変が起きてしまった己の身を縮こませ、がたがたと震えていた。
何もこれも、何故こんな状況に陥ってしまったのか知る由もなく、冬の天秤はただ恐怖に身を強張らせている。
「もうやだぁ……っ、こんなの、こんなの……!」
傍から見れば立派な青年の姿であろうにも関わらず、冬の天秤は思わず泣き出してしまった。
何故、こんな状況になってしまったのか――
青みが掛かった美しい銀糸が煌めく髪の頭には、同色のふさふさとした綺麗な猫耳。
くっきりと円を描く様な美しい線を施した腰のラインを辿り、尾てい骨からは、又も一言で云えば触り心地も抜群で柔らかい銀毛を生やした細く美しい尻尾。
――そう。冬の天秤は“猫”になっていたのだ。
何故突然に猫耳と尻尾が生えてしまったのか原因さえ解らぬ冬の天秤が、屋敷の中だと云うのに人目を気にして部屋の角の隅っこで縮ませているのには理由がある。普通じゃ考えられぬ理由が――。
しかし、寝室の隅で身を縮ませているそんな冬の天秤の元に、一つの足音が訪れてくる。ギシッ、と軋む床を伝い此方へと近付いてくる足音を耳にした冬の天秤は、気配を察し身体を跳ね上がらせた。
こん、こん。と誰かが扉を叩いた。やってきた人物に見られない様、冬の天秤――イヴェールは咄嗟に頭の猫耳を隠す様に頭を抱える。そして待ち侘びたかの様に扉が開かれた。