「……暇」

 なんと無しに、呟いてみた。
 と云ってもあくまでこれは本音だ。何時の頃からか自分は一人ぼっちと云う現実に気が付いてから、自分は一体、今まで何の恐怖に逃げていたんだろうと思う。
 過去に辿ってきた罪の道標を求めて、ずっとずっと、真っ直ぐに伸びる道を歩いてきたのに、今じゃ此処は何もない場所だった。
 何もない訳じゃない。けど、周りを見渡せば幾つかのちぎれ雲しかない満天の青空と、何処もかしこも一面、満開した純白の小さな花だらけなだけ。
 一つ、分かるのが――此処は、かつての聖地イーリオンの場所だと云う事だ。
 死人戦争が終わった後、最早自分の周りには誰一人残らず、自分だけが生き延びていた。兄上も、父上母上も、最愛の妹も家来も――皆居なくなって、それから幾年の時が過ぎ去って尚、老人になる事すら許されず、何も変わらない自分の身体で過ごしていた。
 何故自分だけが生き延びているのか。
 こんな楽園にも近い平和な箱庭に居るのか。
 誰に問い掛けても、声すら聞こえない。
 此処には、自分一人しか居ないのだ。

「本当、何も無くなったんだな……」

 ばふっ、と背後にも広がる満開の花々など気にせず、消失した全てに解放感を感じて寝転がった。
 流れる青空は澄んで、小さい小鳥が囀っている。あの懐かしい風景を思い出して、一人最愛の妹を思い出した。
 可愛らしいあの声は、もう聞こえない。

「……ミーシャ……元気かな」

 死んでいる筈の最愛の妹の心配をするなんて、悪い事に入るだろうか。
 なんだか急に会いたくなってきた。

 ふと、ミーシャで思い出したが、胸元に手を当てると硬いものが触れた。何かと思って懐に手を突っ込むと、あるものを取り出す。錆びれているのかザラザラした感触と、肉体を斬りすぎて触っただけじゃ単にぐにっと肉が食い込むだけの――それは使い物にならない“黒い剣”。そう云えばこの短剣は死人戦争が終わって尚、以来使っていない骨董品だ。

 そういや、今は何時代なんだろう。
 それすら、


 分からない。


「…………」

 相変わらず暇だった。暇潰しにならないかな、と思い、ぶにっと剣先に指を食い込ませ、その切れ味を確かめてみた。としたが、その剣、錆びてて使い込みすぎたからなのかちっとも切れやしない。
 ――どれだけ使えないぽんこつになったんだよ。
 馬鹿っぽくて笑ってしまった。

「…………ははっ」

 しかし――ふと違和感を感じて気が付いた。
 勿論、辺りは満天の青空と無数の純白の花々たちしかいない。
 その中に、ぽつんと佇む大きな神殿。


「…………まさかな」

 そうか。自分は、

「……ミーシャには逢いに逝けないって事か」

 永遠に死ぬ事が出来ないのだ。

「……冗談じゃない!」

 不意に永遠に死ねない事が恐ろしくなって慌てて立ち上がった。勢いよく立ったからか周りの花々がぶわっと舞う。
 永遠、と云うのは何処までも何処までも、終焉の果てにも辿り着けないもの。それが何故、自分であるのか。何故自分だけなのか。
 とても恐ろしい。

 無意識に自分は、焦って黒い剣を振り上げていた。自分の腕の関節を斬って死んでやろうと思ったのだ。大丈夫。自分は死ねる。死んでいいんだ。自分に強く言い聞かせて、剣を振りかざした時だ。

 ザンッ、


「――んなっ!?」

 不思議と、痛い感覚が無い。
 と云うよりも、腕の関節を斬った筈なのに、その斬り落とした部分からは、辺りと同じ純白の花々が宙に舞った。
 なんだこれ。自分は――花々で出来ていたのか? そんな疑問がこんな光景を見れば浮かぶ。斬られた腕の関節には血など存在せず、寧ろ足元の花々が自ら一つに集まってきて――元の腕に戻った。
 ふと、あたかも最初から此方を眺めていた様に、頭上から声がした。

「気付いたみたいだね、エレフセウス」



 吸い込まれるかの様な低い声。その声がする方に後ろを振り向くと、其処には――左手に青い焔を灯させた青いコートの青年。
 向こうは自分の名前を知っている。しかし同様にお前は誰だ、と云いたいけれど、何故か自分はこの青年を知っていた。

「……イヴェー…ル?」

 ただ記憶がないだけなのかもしれない。

「まだ死んでは駄目だよ」
「……何で、」
「貴方には、まだやるべき事がある」

 このイヴェールは、まるで自分の全てを知っていたかの様な瞳をしていた。対となる宵闇と暁の瞳、生と死、二つを意味する紋章が全ての意味を伴っているみたいだ。
 そんな男が何故ここに居るのかと思えば、それを伝えにきただけなのか、或いは――暇な自分に対する話し相手にきただけなんだろうか。

「やるべき事……?」
「うん。死人戦争が終わって……貴方の周りからは誰一人居なくなって……妹の事、忘れられないんだよね」
「…………ああ、その通りさ」



 この、誰も居なくなった聖地の箱庭に佇む二人の影。

「じゃあ、何をすれば俺は死ねるんだ?」
「――――ん」

 何処かで、誰かが此方を笑っていた気がした。




「××××――すればいいんだよ」



end.




意味ふめい。






あきゅろす。