「はあ、イヴェールですか」

 記憶に無さげな様子で紫眼の狼――エレフセウスは口にした。

「いや俺は見てないです……つか、連絡の仕様が無いもんで……」
「……そっか」

 エレフセウスの曖昧な返答にこの国の陛下である僕は、突然な行方知らずのある者の存在をかれこれ何度も捜索していたが、少しの心当たりもこれと云った情報を元も無しに深く溜め息を吐いた。
 ある者――それは僕にとって大切な忠実深い臣下、まさしく冬の天秤の事を指している。何時もは僕に対し、親善大使の役割を持つ彼が王国の様子などを報告しにくる筈が、突然連絡もなしに途切れたらしく、彼の知り合いや僕の友人など皆に聞いたところ、かれこれ一ヶ月以上は誰も見掛けていないのだと云う。
 一部は彼きっと忙しいからと云って気にする必要は無いらしいが、僕にとっては大切な役割を持つ友人の為とても心配だった。

「……すみません、陛下」
「いや、謝らなくてもいいんだよエレフ。仕方無い事さ……」

 困惑げに眉を下げて頬を軽く掻きながら、謝罪を述べるエレフセウスを面倒ごとに巻き込むまい、と首を振る。こんな他人まで心配を掛けさせるのは、僕も随分と駄目だなと思う。けれど、彼が居ないのは酷く心細いのもあった。

「まぁ……ただ、地平線が近い君なら何か知ってるかと思って……こっちこそ御免ね」
「陛下が俺ごときに謝るのは――――いや……まてよ」

 思い出したように、エレフセウスは声を上げた。

「何か分かったの?」
 と、僕は問い返してみた。だがエレフセウスは直ぐに表情を歪め、自分の曖昧な記憶に唸っている様だ。

「ああ多分違います。ただ、メルヒェンが“賢者”に何か云われたのは聞いています」
「……メル君と“サヴァン”が?」

 エレフセウスから発せられた意外な言葉に思わず問い返してしまう。
 普通に考えてメルヒェンと賢者――サヴァンの二人に関係は無い筈だが、何故其処でメルヒェンとサヴァンが出るのだろうか。二人に限って親しく話している何て事は無いだろうし、それ以前にお互い話す自体関わりが無いのは、他から見れば分かるものだ。
 エレフセウスは言葉を続けた。

「別に俺はメルヒェンの話なんか正直どうでも良かったんですが、確かイヴェールには近付くな、的な事云ってました」

 ――サヴァンがメルヒェンに忠告?

「詳しい事は分かりませんが、そん時のメルヒェン……かなり絶望していた表情でした」

 ――何の為に?

「そう……なんだ」

 何故だか理由は分からないが、言葉に表せ無いような嫌な予感が脳裏を過る。頭に流れ込んでくるのは、賢者に囁かれた言葉に目を見開き絶望しているメルヒェンの姿。その嫌な予感は、まるで心底に黒い霧がまとわり付く様に離さない感じで、不愉快にも思える。
 行方知らずの冬の天秤――いやもしかしたら、祝いを呪いに変えると云われた、かつて彼の前世が蘇らせてしまった殺戮の女王が何か知っているかもしれない。
 まさかとは思うが、冬の天秤を彼女によって死に傾かせる何て事は――――この国自体が危機になる可能性もある。生と死を司っている彼が死に傾けば――いや、考えないでおこう。
 そう決まればその場の王座から立ち上がる。暫く座っていたからか、軽く腰辺りの骨が鳴った。

「……陛下、何処行くんですか?」
「ん……ちょっと」

 冬の天秤の為に、いざとなったら僕が動かなければ。

「“殺戮の女王”に……ね」





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