◆吸血鬼企画より。






 目の前に居る悪魔は、不快げに眉を潜めて口の中に含んだ赤い液体を吐き出してしまった。
 おかげで床が真っ赤。

「……不味イ」
「そんな事云わずに、血よりもトマトジュースの方が栄養いっぱいなんだって。……サヴァンが云ってたよ?」
「アンナ奴ノ事ハ信ジルモノカ。……私ハコレヨリモ、イヴェールノ血ガ飲ミタインダガ……」
「僕の血は駄目だよ。貴方が血を吸うと、腰が抜けてしまうし……」
「ダガ、イヴェールノ血ハ美味デ旨イ」
「いや……そう云う問題じゃなくて」

 何度云ってもこの緋い悪魔は僕の言葉を聞きやしない。ずっと前にこの緋い悪魔が僕の元へふらふらとやってきた時は、「拠り所がない」と云うので仕方なく屋敷に置いているのだけど、見た所彼は吸血鬼だった。
 朝はそうでも無いくせに、夜になると彼は僕の身体に餌を求める。
 ――死んでいる筈の身体に、含まれる腐った紅い液体。
 彼のご飯は何時も、紅。
 流石に毎日は僕の身体が持たないと云う事で、今や代わりに双子の姫君たちが持ってきてくれたトマトジュースを緋き悪魔に飲ませたのだけど。

 見事に嘔吐。

 そりゃあトマトジュースなんて僕は飲んだ事無いし分からないのだけど、ただ――すっぱいと云う事だけはサヴァンに教えてもらった事がある。
 美味しい、とも聞いたのだけどまさか緋き悪魔が吐き出す程不味いなんて。
 待て、それじゃあ僕の身体が持たないじゃないか。
 幾ら緋き悪魔が僕の血は美味いと云え、毎日毎晩吸われていたら確実に貧血を起こすだろう。ああいや、まぁ僕は死んだ存在だけども。

「……腹ガ減ッタ」
「駄目! ……トマトジュース飲まなくちゃ僕の血は吸わせてあげないよ」
「ドウシテモカ?」
「そう」
「何故ソンナ事ヲ云ウンダ。私カラ血ヲ吸ワレルノガ、嫌イ――ダカラカ?」

 其れに、彼に血を吸われたくない理由はもう一つある。

「だからそうじゃなくて、毎日これ以上血を吸われたら――」
「………………」
「僕が寝込んじゃったら、貴方が飲む血が無くなっちゃうでしょう……?」

 僕がそう云うと緋き悪魔は黙り込んでしまった。
 血を飲めないと云うお預けを食らわされ、緋き悪魔はしゅん、と羽根を下に向けていた。何もそこまで沈まなくても、と思うのだが――けれどその表情は何処か子供っぽくて哀しそうだから、つい、

「……す、少しだけ、なら」
 と云ってしまった。

「……本当カ?」
 緋き悪魔の暗い瞳が煌めく。

 そんなに嬉しそうに笑われたら、思わず気を許して身を委ねてしまいそうだ。
 そうなると緋き悪魔はにへら、と哀しい表情を穏やかに緩め僕の身体を抱き締める。彼の肉体は焔みたいに暖かくて、うとうとする様だ。このままなら別に構わないかな――なんて。
 少し……ずるいかも知れない。

「大好キダ、イヴェール」
「うん……僕、も……ぁあッ!?」

 不意にお尻を掴まれる感触にあられもなく悲鳴を上げた自分に驚愕する。まさかお尻を掴まれるだけでも感じるなんて。
 そういえばサヴァンが云っていた。“血を吸われる快楽を覚えてしまえば、やがて全身が性感帯になる”――と。
 ――あ、見えない危険フラグが。

「Bon appe'tit...」

 わざわざこの緋き悪魔は、そっちの母国語では無いくせに不慣れな仏語で悪戯に笑う。
 彼は唇から見える二本の牙を向け、首筋にあてがうとそのまま突き立てられる。同時にお尻を揉まれるので、耐え難い強烈な快感に身体が震えた。

「あ……ゃあ……あ、はッ、ああ!」

 噛む。舐める。啜る。
 何処かとリズム良く緋き悪魔は首筋に牙を立てれば流れる血を我が物と逃がさんとばかりに舐め上げ、二つの刺し穴をなぞる様にまた舐める。鉄の味がする生き血の新鮮さを味わう為にずるずる啜る。
 ぴちゃぴちゃ、ごくり。多少下品な水音なども快感の内。

「……美味イ。ヤハリ、イヴェールノ血ハ旨インダナ」
「止め、ゃ……もっ、吸っちゃ、ぅぁ……は、あ……あっ、駄目っ――」
「モット欲シイ。ナァ、イヴェール……良イダロウ?」
「Casse toi pauvre con――!」
(――シャイターンの馬鹿!)


 上昇する熱で赤くなる頬を自分で感じながら強く告げたが、緋き悪魔は寧ろ嬉しそうだった。
 少しだけ、と云ったのにまだ緋き悪魔はずるずると僕の生き血を吸っていく。その量はどれくらいか、と聞かれたら普通は満足する程度なのに。
 そんなにトマトジュースが不味かったのだろうか。
 そう考えたら与えたのがまずかったのかも知れない。

 ――――でも、血を吸われる行為が気持ちが良いと感じたのは不確かな事実。









(身体に流れる甘美な生き血は色欲をそそり立て、)
(やがて快楽を貪欲し、即ち奈落へ至る狂喜となる)




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