浅はかな愛心 静かに、井戸の中で呟いた。 「……エリーゼ。何故……私は誰からも愛されないと思うか?」 「…………ハァ?」 静寂と云う闇に囲まれた森の中、誰も近寄らない薄気味悪い森にその井戸はあった。辺りは墓、十字架、墓、墓と有りながら木々は枯れ果て、花々は生命を失っていると云うのに、その井戸には生き生きとした薔薇が纏わり付いている。闇と云う刻の中で過ぎてゆく時間のうち、その井戸では一人の男と人形の話し声が響いていた。 重い静寂を繰り返し繰り返し、井戸の中で何故か体育座りしている男は、目の前で高い高いと抱っこしている人形に話し掛けるも、人形からは睨み顔で一言返された。 そんな男は一度ぽかん、と口を開き呆けた表情を浮かべた後、ショックを受けた様に背を向ける。 「やはり……私は、私は……誰にも愛されていない……しかもエリーゼに睨まれた……」 「チョ、待ッ、冗談。冗談ヨメルヒェン、ソンナ落チ込コマナイデ」 「……本当に、冗談だな?」 「ウン、本当ダカラ(何カコイツウザイ……)」 正論。 「……デ、メルヒェンハ何故ソウ思ウ様ニナッタノ?」 「否……特に意味はないんだ」 無いんかい。 「だが……最近、村人が全員死んでから誰一人井戸に近付かなくて……メルツとエリーザベトは何かリア充よろしく全く遊びに来てくれないんだ……」 「エー…凄クドウデモ良イ……」 「なっ……どうでも良いなんて筈は無い! 私は愛されたい、誰にでも良いから愛されたいんだ!」 「ソレナライドノ力ヲ使エバイイジャナイ」 「そんな事じゃ意味が無いんだよエリーゼ……なぁ、私の何が駄目なのだろう……?」 段々気分が沈んでいくのだろうか。メルヒェンの表情に更に隈が出来ていくのがエリーゼは分かった。 この村で殆どの貴族や一般市民が、罹患すると皮膚が黒くなると云う黒死病の流行が過ぎ去りし現在、全く人が目につかない所から、メルヒェンとエリーゼは流石にこれはやべぇと考えていた。が、二人だけではどうする事も出来ず、村の事などほったらかしにするしか無く。全ては衝動と同じ様な物であるメルヒェンにとって、愛が欲しくなるのは最早衝動から。静寂の闇と過すうち、井戸の中ではメルヒェンが愛が欲しい愛が欲しい、と五月蠅いのは仕方が無い。 何時も以上にエリーゼに溜め息が深まる。どれ程、愛が欲しいと嘆く言葉を呟いたのかは、わざわざ過去を思い出さなければ解らない。いい加減エリーゼ自身も飽き飽きしていた。 はぁーと重い溜め息を吐き、頭を抱えて蹲るメルヒェンは背中が寂しそうで寂しそうで。 ふと、エリーゼに豆電球が浮かびあがった。 「ソウダワ!」 「……どうしたんだいエリーゼ?」 「メルヒェンヲ愛ス人ガ居ナイナラ、メルヒェンガイメチェンスレバ良イノヨ!」 「な……イメチェン、だって……?」 * 相変わらずの森の中、かれこれ何分経ったのだろう。 「エリーゼ……これはちょっと」 「フーム、全然駄目! モット笑ッテヨ、メルヒェン!」 「こ……っ、こうかい?」 「駄目! モットニコヤカニ!」 「こ、こうか!?」 「全ッ然、駄目! 全ク馬鹿ネ、メルヒェンッタラ! 救イヨウノ無イ馬鹿ッ!!」 「えっ、エリーゼ……!」 井戸の中で響き渡る説教、実験、イメチェン試し……エリーゼは怒鳴り、メルヒェンは引くついた笑みを浮かべるばかり。時間が過ぎ去っていく間、エリーゼはとにかく出来る限りの試しにメルヒェンに説教している。説教と云えど只の毒舌にしか思えないが。 「……っ、や、やはり私には愛される資格が無いんだエリーゼ!」 「何諦メテルノヨ! 愛サレルニハ、メルヒェンニ萌エガ足リナイカラヨッ!!」 「萌えと云っても、私みたいな根暗が萌えるのかい……?」 「ンモゥ、萌エト云ッタラ萌エナノ!」 何かと強調するエリーゼに、メルヒェンは段々気分が下がっていくばかり。やはり愛されないと云う感情のお陰か、メルヒェンの表情は随分と暗い。幾ら頑張ったとしても、人間が寄ってこないのはさも当たり前だと云うのに、二人は暫く気付く筈も無い。 だがエリーゼの言葉と云え、静かな井戸の中では虚しく響き渡るだけで、斯くも無意味である。 村人は皆死んでしまった。それくらい解っている筈なのに。メルヒェンの心中で、暗い思考がメルヒェンの感情を蝕んでいく。 「……エリーゼ、やはり私には無駄な努力だったんだよ……ツインテールなんてただのツンデレじゃないか……やはり私には、私には……愛される資格など……」 ぽた、とメルヒェンの頬から熱いモノが裾に滴り、じわりと黒く滲む。 「エッ……チョット、泣カナイデヨメルヒェン……ッ」 エリーゼはぎょっとした。何故なら、あのメルヒェンが愛されないあまりのショックに泣いていたのだ。ぐすんぐすんと子供の様に鼻を度々啜り、ぶるぶると身体を震わせ、洪水さながら涙を溢れさせているのだから。 仕舞いにはメルヒェンが、本当に小さな子供の様な泣き方で声を荒げる。ぼろぼろと涙は止まらない様子で、エリーゼは歯止めが聞かない状態と変わり無い感覚に焦る。 「うわああぁんっ! やはりっ、やはり私は誰からも愛されないんだあぁっ――!!」 「ウワ…………ダカラ、メルヒェン泣カナイデヨ! ドウシタラ良イノカ困ルジャナイッ」 「だって、だってだってだって……!! 私はずっと、これから先誰からも愛されないんだ! 一生! どんなにイドが人を呼ぼうとしても、私は愛されない運命に縛られるだけだ!」 「……ッ! メ、メルヒェン!」 「エリーゼだってそうだろう!? そうさ……皆みんな私の事が嫌いなんだ! エリーゼも……っ、私の、私の事が――!」 ――どくん。 顔を真っ赤にして叫ぶメルヒェンの言葉に、エリーゼは一瞬固まった。 嫌い? (……私ガ?) 何故? (――――メル、ヲ?) エリーゼの中でじわじわと生まれ出る疑問の感情がエリーゼを錯誤の感覚と陥らせる。 それじゃあ、今までメルヒェンと居た思い出は一体何だったの? メルヒェンはずっと、私を一人の人形として見ていたと云うの? ――じゃあ、今まで私は何の存在としていたの? 私だって、云えないけど密かに貴方の事が大好きなのに。愛してるのに。 「……ソンナ事無イワ」 「エリーゼ……?」 悲しい現実ね。貴方がそう思っていたなんて。 何時も一緒に居たのに、本当。 ――寂レタ人。……マルデ罪人ネ。 「私、一度モメルヲ嫌イダナンテ思ッテモ云ッタ事無イワ。馬鹿ジャナイノ……?」 「エリーゼ……それは、私の事……嫌いじゃないのか……?」 「ソンナ訳無イワヨ。ジャナカッタラ、私ハメルヒェンノ傍ニ居ナイワ」 未だ泣きべそかいて恐る恐ると不安ながらも問い掛けるメルヒェンに対し、エリーゼはすっとメルヒェンの広い身体に抱きつく。冷めた体温であろうと、エリーゼには構わなかった。 今ばかりは、甘えてやっても良いなんて思ったりして。 「大好キヨ、メルヒェン」 end. |