バレないと云う思考自体が間違って居たのかも知れない。 事の始まりは――そう、何故自分はこんな体質になったのか、だ。自分の身体は、今迄に他人と身体を交わす様になってから、気が付いたら自分ではない自分の身体になっていた。と云うよりも、問題なのは宰相の様子がおかしいと云う事。何時もより凄く苛立っていて、無意識の内に他人とまた身体を交わしてしまった僕を見るなり、宰相から急にベッドへ押し倒され無理矢理口付けられた。 何故こんな事をするのか、と宰相に問いかけてみたら、宰相は人格が変わった様に僕へ罵声を浴びせてきて、逆に追い詰められてしまった。 理由はやはり、僕が宰相には内密で他人と身体を触れた光景を目撃してしまったらしく、それで怒り狂っているらしい。だがその時宰相が見たものは、僕がこの城の絵師であるyokoyanと会話を交わしていた際に、そのyokoyanが僕の身体を抱き締めてきて、首筋にキスするものだった。なのにあれはほんのあれは挨拶に過ぎなかった。しかし宰相は何を思ったのだろうか、僕がyokoyanに抱かれてしまったのと勘違いしていたらしい。 強い力でベッドに縫い付けられ、離そうとしてもじまんぐの手はびくともしない。それくらい強い力で拘束されて、僕は凄く焦った。 「ちっ……違う、違うんだ、じまんぐ……!」 僕が必死に首を振って否定しつつ説得させようとしてもじまんぐは僕の話を聞かない。それくらい苛立っているらしく、じまんぐは悔しげに顔を歪めていた。 「何がです? 只でさえ何人もの男を受け入れたその身体で、あれの何が違うとでも云うんですか? 貴方は俺だけのモノと、前から云った筈なのに……!!」 「じまんぐっ……ごめんなさい、あれは、彼の身勝手で……」 「俺は命拾いと同等の言い訳など聞きたくもない。まして貴方を死ぬまで犯すか、四肢をもぎとるなどして貴方を殺したい程……!」 「じまんぐ、お願いだからっ……僕の話を、」 「黙れ!!」 途端に振り上げられたじまんぐの片手が振りかざり、僕の頬を激しい打音が寝室に響き渡った。言い付ける様な怒号を散らし、暴力を振るうじまんぐはどうにも出来なくて。何が悪いというその理由も明確に辿り着く事は出来ず、とにかくこの状況をどうにかしたい気持ちで大変だった。 「俺は、これまで何度も貴方に騙されてきた……っ、なのに、何処までどれ程の男を受け入れる気です? ハッ。最低ですね」 「そんな、じまんぐ……! お願いっ、あれは只の挨拶だったんだ、だから……そんな酷い事っ」 「酷い? 最低な国王にそんな事云われるとはね。あれ程、あれ程俺は貴方を愛した……」 「じまッ!」 「陛下。所詮、貴方と俺は単なる陛下と宰相の立場――今までの関係は忘れて、普通になりましょう」 「い、嫌っ、嫌だ……僕から離れないでくれ!!」 宰相がベッドから降りて立ち上がった瞬間、良からぬ思想が脳裏を横切った。考えなくとも分かるくらい分かりやすく、かと云って理解したくもなかった。 そう、宰相は僕を捨てる気だ。捨てた事で普通の国王と宰相と云う立場で、辞めると云う訳ではないが、じまんぐは僕の所から去ると云うのだろう。 だけども、それだけは避けたかった。国王の立場と云え、独りぼっちで王室に閉じこもっているなんて、そんな寂しい生活―― “一生、独りぼっちでなきゃいけないの?” 「……っ、じまんぐ……そんな……!」 宰相は此方に云わず見向きもせず、泣き崩れる僕を置いて王室から出ていった。 * 突然、壊れてしまった日常を生きていくうちに、身体の中の小さな傷はだんだんと広がっていく。 あれから僕は何度もじまんぐに話し掛けた。しかし僕の方に振り向いてくれる事は無く、必至に跡を追いかけ様としても振り払われてしまうのだ。それはまるで僕の存在を拒絶しているようで。何度も何度も、じまんぐに話し掛けては拒否され無視され、しまいには一週間中顔もあわせてくれなかった。 やはり僕が悪いのだろうか? そもそも何故こんな傷付くばかりの擦れ違いの関係になってしまったのだろうか? その答えなど見つかる筈もない。どんなに説得しても信じて貰えない限りは、このままずっと。 身体を傷つけられても良い、それでも僕を許してくれるなら殴られる関係でも良いから、前の関係に戻りたいと思った―――― だから、僕はじまんぐに抱きついた。 「……何をする気です、陛下」 独特な低い声が降り掛かる。さも拒絶する冷たい視線で云うじまんぐ。けれどそんな事、僕には関係ない事だ。 「じまんぐ……もう、もうこんな……僕と話してくれない関係は、嫌なんだ……っ」 「俺は全然構わないんですがね。陛下には沢山の“愛人”が居るのですから、俺の事など必要ないでしょうに」 「っ違う! 僕はっ、僕にはじまんぐしか、じまんぐが居ればそれで!」 思い切り首を振って否定する。それだけ彼が居るだけで嬉しかったのに。 どんなに酷い事をされたとしても、それは―― 不意に遮る様に彼は怒鳴り出した。 「――っそんな事云って再び俺を騙すつもりなんですか!?」 「…………!」 「貴方にとってその程度の“愛してる”は、どの道、裏切りに繋がるんですよ!」 もうこれで何回目の拒絶だろう。どんなに説得しても無駄な事は無駄だった。 一度犯した罪は二度と償えないような、そんな理論。 それだけ告げるとじまんぐは背を向ける。その背中を追い掛けるように、僕は慌てて彼の広い背中に抱き付く。だが今度は直ぐに突き放されないだけでもマシな方だ。ああ、何て暖かい背中なんだろう。……無意識に腕に力が籠もる。 「ごめ……ごめんなさい、じまんぐっ……愛してるんだ」 彼を説得するのに、何度この決まり文句を囁き続けたろう。 「……じまんぐ。愛し、」 「――黙れ」 びく、と肩が跳ねた。 「じ……じま……?」 「黙れつってるでしょう!!」 顔を真っ青にしてじまんぐはその場で叫んだ。その途端にじまんぐは僕を振り払い、一歩後退る。その表情で呼吸を繰り返し、じまんぐは信じられない、と黒い瞳に拒絶の念を込めているまま。 そんなに――僕の事が、嫌いになったのだろうか? 何故、そこまで僕を拒絶するの? ――頭の中で何かが切れた。 「…………!」 気が付けば、自分の手の平が痺れる様に疼いた。乾いた打音は一瞬だけ声を上げ空気に溶け込むようにして消えていく。 その時の僕は、心底で言葉にならぬ喪失感と怒りしか無かった。 「陛……下」 じまんぐは一瞬にして叩かれた頬に手を当て、呆然と僕に不思議そうな眼差しで見つめている。 ――僕だって。こんな事、 「何度も云っているのに、何故僕の事を信じてくれないんだ!」 「――――っ、」 「確かにあの時は本当に誤解だったんだよ! でもっ、どんなに真実を伝えようとしても……!!」 僕の想いは、じまんぐとの関係を元に戻す為に無駄ではない事をはっきりしたかった。 「……じまんぐを、愛してるのにッ――――!!」 零れた砂時計を元に戻すのと同じ、大切な人と一緒に居たいから。 「陛……下っ……」 じまんぐの声が震えている。見なくても分かる程に、じまんぐは小さく僕の名を呼ぶ。 瞬きもしない内に、僕の身体を優しく包む体温が伝わってきた。まさかとは信じられなかったが、思わず顔を上げると、其処にはじまんぐの柔らかく優しい微笑みがあった。 「――……ごめんなさい、陛下……」 「……じまんぐ?」 「俺が……悪かった。今、やっと解りました。……陛下が其処までして俺の事を想っていたなんて……有難う、ございます……陛下」 「じまんぐっ……!!」 どれだけ心配して、どれだけ裏切って裏切られて、嫌われたのだと思い詰めたのだろう。 ただ、一つだけ分かったのは……愛しい人の体温は、光の焔の様に暖かいことなのだ、と。 嬉しさに、頬に涙が伝い落ちた。 end. 5900のキリ番を踏んで下さった浮雨様へキリリク。 悩みに悩んだあげくこんなに遅くなってしまい申し訳ないです。 ※キリリクは浮雨様のみお持ち帰り可。 . |