「――――――――」



 悲痛な叫び声を上げようとしても、彼が此処に居る以上到底無駄だった。

「この俺から逃げようなんて、力の無い貴方に出来ると思いますか?」

 低い声が谺し暗闇に響き渡る。その声を背中で聴きながら、僕は唯、暗闇の中を走って走って走りまくった。けれど、僕の足には重く見えない鎖が絡みついており、走っているとしても早くは走れなかった。
 必死に逃げていた。彼から囚われない為に、唯々逃げ続けた。

「――じまんぐこそ、僕を捕まえられると思う……?」

 走りながら彼に問いかける。視界が幾ら暗闇であろうとも、ちゃんと足音が僕の耳に付いてくるのは変わりない。暗闇の中と云っても、地面はどうやら存在しているらしい。

「さぁね。Revoちゃんが俺から逃げているなら捕まえるまで追いかけてあげるけど」
「――余計な恩だね。じまんぐ、僕は捕まんないから。捕まえたとしても、無駄だよ?」
「へぇ、嫌に自信が良いね。そんな事云って捕まったら、凄く恥ずかしいんじゃないの?」
「何、僕はじまんぐから逃げてるんだ。これくらい自信がなきゃリアル感がないだろ?」

 くつくつと、笑い声が聞こえた。

 僕が走っている床は濡れていた。べちゃっ、びちゃっと歪な水音を鳴らして走るは気にしなかったが、少しベタベタする感触があった。
 思えば、何だか走っている内に胃の辺りが痛み出す気がした。特に何もしていないが、ずきずきと胃の辺りは痛むのを止めない。
 それよりも僕は彼から逃げ続けた。べちゃびちゃと下品な音を撒き散らして、ひたすら走る。
 しかし視界には闇が広がったままだった。何もない。闇、闇、見上げても闇、見渡しても闇。全てが暗黒の闇に包まれていた。

「Revoちゃん、ほら速度落ちてる」

 だが声と音だけは聞こえた。
 何故だかは分からない。そんな事より、僕は何時まで走り続ければ良いんだろうか。
 理由は一つだけ。簡単な事。







 ――コノ足ハ、ドンナニ願ッテモ立チ止マル事ヲ知ラナイ。





「――――――っ!!」

 不意に喉が引きつった。声が出ない。何故、何故だろう。声を出そうと口を動かしても、声は喉を詰まらせて出ようともしない。

「あれ? Revoちゃんはもう駄目(リタイア)なのかな?」
「――、――――っ、――」
「走るの疲れなかった? 凄い息切れが激しいようだねRevoちゃん。だから逃げても無駄なのに」


「――――――――」

「楽になるなら、早く楽になった方が良いんじゃない?」

 くつくつと胡散臭い笑い声は耳元から聞こえてきた。同時に止まる事を知らない僕の足は、急に止まっては、がくん、と膝が地面についてしまった。
 そうか、もう捕まってしまったのか。残念。もっと逃げ切れたら、遥か遠く存在する筈がない光を掴めると思ったのに。

「Revoちゃん、目ぇ醒めて見なよ」

 彼の声を合図に、ふっと視界を覆う闇が消え去った。
 その瞬間に、映る光景は。



 ――赤い、紅い、光景。



「――――じ、ま、」
「Revoちゃん。これで満足かい?」
「う、ん――――」


 ひゅ、と空気を裂くような音が喉から漏れた。
 云う事を聞かない身体で緩く頷き、それから彼の声で、僕の意識は急に吹き飛んでしまった。ゆっくりと紅に倒れる自分の身体を眺めながら、彼は不適に歪な笑みを浮かべるのを、僕は最後に見た。


 しかし、気が付けば目の前はまた暗黒に広がっていた。





end.





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あきゅろす。