辺りは闇に包まれ、新たな地平線の旅人が訪れたは、残念ながら此処は不毛の世界。 「さぁ……生まれておいでなさいイヴェール……!」 彼女の笑い声が支配する、薄暗い檻の中で響き渡る言葉は彼に向けられた命令。その檻の中では、十二人のかつて生き生きとしていた少年達の骸と、一人の青年の腐りきってしまった身体が横たわっていた。一人、彼女は青年の身体に歩み寄り、そっと触れると右足の太股に手を置き、腐りきった筈の首元に手を回せば、動くままに思い切り食らい付く。発した言葉と矛盾する行動であろうが、だが彼女は構わず、青年の腐った細い首元に余っている僅かな血を吸い取った。 「…………ッ、」 不思議な事に、腐っていた筈の身体が血色良く回復していく。じゅるじゅると血を吸っていく内に、やがて、まるで生きている様な純潔の身体へなっていた青年は、彼女の吸血にびくんッと身体を跳ねさせた。 「……はッ、あ……んァ……ッ!」 色気付いた妖艶な声を上げ、青年はゆっくりと瞼を開く。彼女の姿を目に映すなり、一瞬びくりと身体を震わせ怯える様に後退った。子兎の様に怯えた瞳、それは何もかも彼女のモノ。 「ふふ、ボンソワール……ムシュー…イヴェール……」 「あ、あ……あ……! み、ミシェっ、ミシェル……ミシェル……!!」 「ああ……そんなに怯えないで、可哀想な私の子」 ――真っ白いキャンパスに描かれた真っ赤な嘘。 「嘘……だ、ミシェル、嘘……嘘だ……! な、何で? 何でっ、何で何で何でッ……いや、嫌だっ、嫌ぁっ……!」 彼女の唇に載せられた小さな約束は、彼の身体を躍らせた。 「あん。駄目よイヴェール……約束なの。これは貴方の夢の中……大丈夫、クリストフにも会わせてあ、げ、る……」 もう一度、この手で彼女を――と決めたある男の良からぬ歪な決意は、最早叶わなぬものになっていた。 ああ、可哀想な青年の天秤……。 愛欲の断罪を知らず、彼女の手に捕らえられたからには逃げるのは無駄だと知る。蒼い蝶の翼を、彼女はぶちりぶちりと少しずつ苦痛を負わせながら引きちぎってゆく。青年が泣いたって、叫んだって、助けられるのは全てが無なのだから。 「ぅあ……あっ、あっ、あぁぅっ……! み、しぇ、る……駄、目……吸っ……!」 今更後悔したとしても、全ては遅すぎているから。彼女によって冬に生まれた天秤は、少しずつ……少しずつ…腐ってゆく。 ああ、後少しで彼女の笑い声が響き渡る。不気味な、不気味な彼女の笑い声が。 そして、青年の首筋から流れ堕ちる純潔の血は、やがてどす黒くかえられてゆく。まさに、其れは紫へと染められる彼の天秤が、黒く錆びれていくのと同じ。 「ふふ……イヴェール、貴方の血……とても美味ね。薔薇の蜜みたいだわ」 「あ……ぅ、ミシェル、ミシェルっ……もっ、と、血……吸っ、て、気持……ちぃ、の」 「……望む儘に、ムシュー・イヴェール……。けれど、残念ながら今はまだお眠りの時間。……また吸いに来てあげるから」 彼女に捕われた彼は、今や檻の中――…… 「全て、全てアナタはモワのモノ……お休みなさい、私の子……」 “それまでは、永遠にAu revoir……” 屋根裏の天秤 (生死の輪廻を彷徨い貴方を求め、私は陶酔を見続ける) end. 仮閉鎖前の拍手文ですた。 |