もう一人の自分の声なんて、ぼやけた思考の悪い頭に届いていなかった。 胎内の奥と云う奥を、抉りだす程に散々突かれた所為か、胎内に残る快楽の焔が消えそうな様子も無く。僕は、ただただ涙を流して荒い息をとにかくどうにかしようと精一杯だった。 分かってる。こんなの僕じゃ無いって分かっている。なのに、見た事も無いもう一人の僕は、同じ様で同じじゃない残酷さがあった。まるで、僕に対照的な冷たい現実を用意したかのように。 今も尚、何か が去りだした後も身体の芯が嫌な程に疼いてしまい、目醒めてしまった身体は快楽を求め、もう一人の僕に手を伸ばす。伸ばした腕はがくがくと震え、云う事を聞かない。だが、そんな僕を見て、もう一人の僕は余裕扱いた皮肉混じりな笑みを作り、僕の顎を乱暴に掴み上げた。 「っ、はひ……」 「云いなよ。快楽に溺れて犬の様に鳴いたくせして、本音を云う事が出来たのかい?」 「ふ、ぇ……ッ、本、音?」 「……サヴァンにあんな姿を見られて、絶望したくせに」 今一、もう一人の僕が云う言葉の意味が理解出来なかった。本音と云っても、先程まで喘ぎ続けていた自分の思考回路は真っ白で、何も憶えていない。目醒めた身体に快楽を無理矢理与えられたからか、そんな本音を問われても、云う事が出来るはずが無いのに。 もう一人の僕の口調が、鋭く冷たくて、何故だか胸に突き刺さる。痛い感情に自分の表情が歪む。 「君は最後に、サヴァンは僕のモノと云ったね……見られたく無かったくせに僕のモノだって? スッゴく我が儘じゃないか」 「ら、らって……サヴァ、サヴァンの……あんな、あんな表情で、見られ、たくっ……」 「何云ってるのさ、現実に気が付いて居ないようだね。サヴァンはね……君の事を凄く嫌っているんだよ。記憶から、抹消したい程に……」 ――――嘘。 「え……? サヴァ、ン、が……ぼ、く……を……?」 ――嘘に決まっている。 「だから何度も云ってるじゃないか。サヴァンはね、君を殺したい程憎くて、大嫌いなんだって」 きっと、僕を騙す為の言葉。子供みたいに頭の悪くて、騙されやすい僕に仕込んだもう一人の僕の思い付いた嫌味なんだ。嘘。嘘だと云ってほしい。 しかし僕の思考はそうじゃなくて、いとも簡単にもう一人の僕の言葉を信じて疑わなかった。 ああ、なんて自分は馬鹿だろうか。 快楽を求め疼く身体はふっと熱を冷まし、思うがままに我を取り戻した僕は、我慢していたものを弾けとぶ様に叫んだ。 サヴァンが僕の事を嫌いだと云う嘘を、突き止める為に。 「――嫌……嫌だ……! 嫌っ、嫌だ嫌だ嫌だそんな、そんなの嘘に決まっている!!」 「なら、何故さっきは誰のモノでもない筈のサヴァンを、君のモノに決めたんだい?」 「それは、彼が僕のモノだと云ってくれたからだ!! サヴァンが、僕の事を嫌いになる筈がない!」 吹っ切れる怒りを露にして叫び、もう一人の僕を突き飛ばす。勢いつけて力任せに押したからか、もう一人の僕の身体から、軽く離れる事が出来た。 突き飛ばされたもう一人の僕は、何を思ってか急に無表情となって黙り込んでしまった。 「……そう。何だ……つまらないな」 もう一人の僕の口から、重く告げられる言葉。光の無い瞳を持ったその目が細められ、軽く背筋が固まる様な寒気を覚えたが、一瞬の事だった。その言葉の意味が理解出来なかったが、それは今まで僕と遊んでいたのだろうか? 言葉の意味を理解する内に、もう一人の僕は「下らない本音。君なら恐怖に泣き叫んで嘘を吐くと思ったのに」と、告げる。その言葉で漸く意味を理解した僕は、その後消えようとするもう一人の僕を呼び止めようと、再度手を伸ばした。さっきの言葉がどんな意味を持っていたのかを、知るために。 「な……待ってくれ!」 だが、伸ばした腕は、彼には届かなかった。 「……、……ール」 「き……し、起きて……まし」 「ムシュー、起きて下さいまし!」 気が付けば、僕の身体は何かにがくがくと強く揺さ振られていた。何時も聞く変わり無い声が意識の底に沈んだ僕を起こそうと、何度も何度も問い掛けている。 「ムシュー! いい加減起きて下さいまし〜〜っ!!」 「うわぁッ!」 何度問い掛けても起きる様子の無い僕に、痺れを切らしたのか二つの声のうち一つが、耳元で叫ぶ様に上げた。急な大声に思わず驚き、僕は勢いよく起き上がると、二つの声の主も驚くように跳ね上がった。 目が覚めると其処は見慣れた寝室。最初の、あの場面と同じとは思えない光景に息を飲む。今まで見ていたのは、全て夢なのだろうか? 気が付くと、側には腰を抜かした様子のヴィオレットとオルタンスが、身体を震わせて僕を見つめていた。 「……ヴィオレット、オルタンス? そんな所で何をしているんだ……って、あれ」 「む……ムシュー……」 「ど、どれだけ心配かけたと思いまして……!?」 これはもしや、聞いてはならなかった質問だったろうか。 顔を伏せて声も震わせるヴィオレットとオルタンスに、流石の僕も二人を怒らせてしまった事に気付いた。二人のこめかみが、ひくりと動いていたから。 「……はは、ごめんよヴィオレットとオルタンス。あの後、眠くて寝ていただけなんだ……そんな、怒ら」 「ば、ばかムシュー!!」 「ばかですわ! 本当にムシューのばかですわ! 急に寝てしまっていたなんて、心配した私達もばかでしたわ!!」 ああ、やはり双子を怒らせてしまったみたいだ。 あれからヴィオレットとオルタンスから、耳がとれそうな程に僕の耳元で二時間くらい説教が続いた。 “……次は逃がさないよ、Hiver……” end. な、なんか凄いぐたぐだ。 最近スランプだった所為か、訳分からない内容になっちゃいました。 5/6. |