※3Z
夏休みは終盤だったが、暑さには全くそのような気配は見られなかった。どうせ課題を終わらせていないんだろう、そういう趣旨のメールを送ったら数分も経たない内に液晶画面に封筒のマークが表示された。狙い通りだった。自分が課題を手伝ってやると提案すれば彼女に家に招待されることも勿論計算済みである。
茹だるような暑さに空気も自分も悲鳴をあげていた。おまけに彼女の趣味が悪いのか、或いは前の住人の趣味が悪かったのかリビングの床には緑色の絨毯が敷かれていて暑苦しさが倍増されている。それに比べると彼女が着ている白地に水玉のキャミソールは涼しそうだった。しかし羨ましいという羨望よりも、露出された繭のような肌に吸い付きたいという欲望の方が強かったものだから思わず後ろから二本の腕をそろりと伸ばす。
「暑苦しいネ。寄るな触るな盛るな」
「二の腕と胸の感触って一緒だよな」
うっすらと汗が滲んだ腕を女とは思えない力で抓られても気にしない。三日月の形をした爪の跡をいくつ残されようが気にしない。自分が考えるべきことは一つだけなのだ。それは決して簡単なことではない。頬に季節はずれの紅葉が散ることをも覚悟しなければいけないのだ。
「ちゅーさせて」
「毒盛ってやろうカ?」
「チャイナ、ちゅー」
「お巡りさーん!暑さで頭が可哀相な卵焼きにされちゃった人がいるアル!」
不毛な恋ではないと思う。会おうと思えば彼女のアパートにまで出向けばいいし、そもそも会おうと思わなくとも学校では必ず顔を合わせる。触ろうと思えばこうして腕を伸ばせばいい。酢昆布一箱で笑顔も見ることもできる。自分は恋する男の中では何て恵まれた身分に属しているのだろう。そう考えると自然と緩んできた自分の口元をじっと見つめてきた彼女は怪訝そうな顔をした。
「これだから餓鬼は嫌ネ。頭ん中が常にピンク色アル」
「お前の頭ん中もピンク色に染めてやろうか」
部屋にはクーラーの代わりに扇風機しかないという現代では考えられない状況が加わって遂に自分の中の理性が弾けた。頭がくらくらするのは暑さのせいだけではない。彼女の放つ強烈な毒素にとっくに侵されていた。解毒剤もないため、免疫を作るしかないという唯一の術を実行するべく、ゆっくりと緑色の絨毯へ彼女もろとも倒れこんだ。
野バラの甘い毒素
野原=絨毯
バラ=神楽
毒素=サド少年を惑わすフェロモン的な何か