※先生生徒パロ
※ちょっぴり微々裏シリアス風味
※沖神→?要素あり
一目惚れとかそんな甘い話じゃない。強い衝動と強い欲求が同時に湧き上がり、けれどそれを抑えるつもりもなく野放しにした。すると二つは自分の想像していた通りに渦を巻きながら暴走し、やがて彼女を飲み込んだ。
「神楽センセって華奢だよなァ」
「だから何でィ」
「言わなくても分かるだろ。俺が聞きたいことぐらい」
受験を直前に控えているというのに落ち着いた雰囲気が一切見られない教室の後ろで机を3つ程占領しながら友人と談笑していたら、何時の間にか話が怪しい方向へと向かっていった。ちょうど扉が開け放たれた空間に橙色の小さな頭が横切ったらしい。下品な笑みを浮かべながら肩をわざとらしく叩いてくる男に負けないくらい上品ではない笑みを顔中に広げて返す。
「さっぱりでさァ」
自分の二本の腕を巻きつけてやれば華奢な彼女はとても苦しそうな顔をする。それが堪らない。折れそうなくらい抱きしめてやると小さな呻き声のようなものが零れるから、それを合図にいつも舌を這わせてやる。苦痛で顔を歪ませはするが、彼女は決して自分を突き放したりしない。否、「しなくなった」という方が正しいのかもしれない。神楽が自分の腕と舌と体温と全て受け入れてくれるようになったのは去年のこと、ちょうど校庭に斑に生えている桜の木から桃色が消えた頃で、選択科目の地理に飽きてきた時のことでもあった。
***
彼女の真っ白なブラウスの襟は何時見ても美しかった。アイロンによってしっかりと引き伸ばされた襟は皴一つない。驚いたことにそれは彼女の夫が死んだ翌日も変わらなかった。そしてその翌日も彼女は皴一つないブラウスに黒いジャケットを着て教師という職務をこなしていた。最愛の人の死にも動じていないのか。そんなはずはない。なぜなら拒絶しようと神楽の沖田の胸板を頑なに押し返す腕の力は並外れたものだったし、定期入れのクリアケースに納められた夫とのツーショット写真をひっそりと微笑みながら見つめる彼女の横顔は一番可愛く見えた。
案の定3日目に外国語科教室前で見かけた彼女の顔は窶れ、首筋には青紫の線が遠くからでも確認できる程だった。勿論白いブラウスの襟もぐにゃりと曲がっていた。
言葉にすると全てが嘘のように聞こえてしまう。自分も神楽もそれを恐れていた。言葉なんて必要ない。そんなもの何の役にも立たないじゃないか。愛なんて囁いてくれなくてもいい。生きていてくれれば、それだけで良かったのに。
自分にしてみれば恋敵だった男の死から数ヶ月が経とうとしていた時、春の柔らかな風が侵入してくる教室で初めて目の前で彼女に涙を流された。いつも毅然としていた神楽が漸く弱さを見せてくれた。傷つく彼女を腕の中に閉じ込めながら、同情なんて気持ちは全く生まれなかった。ただ嬉しいと思った。あまりの嬉しさに思わず表情が緩みそうになったくらいだ。
***
そして今年も忌まわしい冷たい冬が気配を殺してやって来た。元夫の一周忌を迎えるというのに墓参りに行く気がしないと神楽が呟きながらマグカップを目一杯満たしているココアをちびちびと飲んでいる。窓際の出っ張った平らな場所に腰をかけて沖田はその様子をじっと見ていた。
自分が何をしたいのか、彼女が何を考えているのか全く分からなかった。そもそも受験生であるはずの自分が果たしてこんな場所で油を売っていていいのかという疑問も浮かぶ。鞄の奥底に眠ったままの美しい英単語帳でも開いてみるかと手を床に伸ばしかけたところでふとその動きが止まった。
「お墓参り行った方がいいアルか」
ぽつりと呟いた神楽は何時の間にかココアを全て飲み干していたらしく、マグカップから上がる湯気は見当たらなかった。猫舌のくせに熱い液体を一気に喉に流し込んで火傷でも負っていないかと心配になる。それと同時に未だに神楽にこんなにも切ない横顔をさせる天国にいるであろう彼女の夫に軽く苛立ちさえも覚えた。
「知るかそんなこと。悩むなら行けば。悩んでても何もいいことねェし」
「行ったら薄情な奴って怒られそうアル」
「あの人はそんなことで怒らねェだろ」
「冗談ネ。それくらい私も分かってるもん」
つるりとした頬を膨らませる神楽の傍へさりげなく近付く。遠目では分からなかったチークのオレンジ色がうっすらと見えた。小さな頭に手をのせれば、目を通していた答案用紙をそっと机の上に戻すと神楽は不思議そうな瞳で自分をじっと見つめてきた。そういう仕草一つ一つが自分の心をこんなにも掻き乱して散らかしてめちゃくちゃにしていく。自分の領域を乱すだけ乱し、当の犯人である神楽は別の男にしか心への侵入を許さない。生憎そんな理不尽さにいつまでも耐えられるほど強い理性なんぞ持ち合わせていなかった。
「ちょっ…」
白い襟を立たせてやれば、露わになった首筋の肌の面積が増えた。肌理が細かい白い肌は滑らかなカシミアのマフラーを連想させる。するりと自分の頬を擦りつけると、それは温かかった。それもまるでマフラーと同じだった。
「今更でさァ。もっと凄いことしてるのに」
「そういう問題じゃないネ。わざわざあの人の命日に「今幸せ?」
「はっ?」
あまりにも唐突な質問に神楽は目を丸くした。首筋に頬をくっつけたままの男を追い払うこともできずに黙ったままだった。彼女からの答えを得られなければ意味がないので、もう一度ゆっくりと言い直す。
「神楽は俺といられて幸せ?」
「そう見えるアルか?」
柄にもなく緊張した。背筋が打ち抜かれるような衝撃を受けた。こんなにも彼女の瞳は蒼さを帯びていたのか。見ているだけで背筋が凍るような冷たさを宿している。もしかすると自分は恥ずかしいほど自惚れていたのかもしれない。彼女のブラウスの襟に皺が全く見られなくなった原因を都合の良く解釈していた。肩を落とす、というような大袈裟なリアクションはしなかったものの顔が強張ってしまった気がする。
そして彼女はどこまでも残酷だった。
「でもお前がいないと、もっと不幸になる気がするネ」
突き放すような彼女の言葉に確かに眩暈がするような甘美さを感じ取った。これだから駄目なんだ。唾液を喉に流し込んで、後ろから思いっきり抱きしめた。永遠に葬ることのできない自分の想いを彼女は残酷にも温かく溶かしていく。固体からとろとろの液体になって形が変われども愛せなくなるわけではない。溶かしても無駄なんだ。逆に溶かされれば溶かされるほど量を増した想いが彼女を飲み込む。それならば、溺れさせてしまおうじゃないか。そうだ、そうしよう。
真昼の解凍室
15万打キリリクをしてくださった弁財天様より沖神の生徒先生パロでシリアス気味とのことだったのですが、似非シリアスな上にむしろ清々しい程の捏造設定にしてしまい大変申し訳ありませんでした!溝に流す、火にかける、など弁財天様のご自由でございます。改めまして素敵なリクエストを本当に有難うございました^^