※未来夫婦沖神















適当な理由をつけては上司を欺いて仕事をサボり、日が暮れた頃に屯所へ帰る。しかしながら、昔の自分が頻繁に行っていた職務の怠慢も今では堂々とできなくなってきたのが悲しむべき現実だった。8年前から昇進も降格もしておらず、相変わらず切り込み隊長として刀を振り回しバズーカを打ち込むだけにもかかわらず、何故か忙しいのである。


一体何が自分をこんなにも多忙にさせているのだろうか。山積みにした攘夷志士達を部下に任せて、屯所に向かう道を歩きながら頭を抱えて考え込んだ。そして3つ目の曲がり角に差し掛かったところであっさりと結論は出た。上司に責任があるに違いない、と。




「土方さん、死んでるなら返事してくだせェ」

「無茶言うな。何だよ」


襖を突然開けられても全く動じない様子の男は胡座を掻きながら机に向かって必死に筆を動かしていた。最近はいつも不機嫌そうに顔を歪めているので表情筋が疲労して、そのうち顔が崩れるに違いないと密かに隊内で囁かれていることを彼は知らない。


その噂を流した張本人である総悟は、ずかずかと部屋に入り込んで上から土方を見下ろす姿勢をとった。


「俺、明日から暫く休暇貰ってもいいですかィ」

「何の休暇で?」

「育児休暇」


一体いきなり何を言いだすのだろう。怪訝そうな表情で尋ねる土方に簡潔に一言で総悟は答えた。しかしそれによってますます土方の表情は険しくなる。目の前の男が突拍子のないことを言うのは今に始まったことではないが、だからといって適当に受け流せば後々面倒なことになるということも十分に承知していた。


「育児休暇ってお前のガキはもう4歳だろうーが。適用されるのは一歳未満のガキを持つ親だけだ」

「ケチケチすんなよ土方」

「何でいきなりタメ口なんだよ。理由もないのに休むな」

「じゃあフレッシュ休暇で」

「うちにはねーよ。そんな休暇制度」

「結婚できない男には一生分からないでさァ。自分が家に帰らない間、妻が育児に疲れて倒れているかもしれないとか、妻が料理に失敗して家が火事になってるかもしれないとか、妻が近所の男に一方的に言い寄られてストーカー被害に遭ってるかもしれないとか、妻が寂しさのあまり不倫してるかもしれないとか、そういう不安が付き纏う夫の気持ちなんて。」

「妻のことだらけじゃねーか。子供の心配はしないのかよ。ったく愛妻家も程ほどにしろ」


煙草の煙と共に深い溜息を吐き出して部下に言い聞かせるように言葉を放った土方は、僅かに感じる部屋の違和感に嫌な予感がした。そろりと顔を横に向けると、先程までいたはずの総悟は忽然と姿を消しており、萎びているように見えるい草で編まれた畳の上には白い小さな紙が一枚だけ残されていた。


『明日から一週間休みます。近藤さんにチクったらアンタのお気に入りのマヨネーズライターを粉々にしてやるぜィ』


















***



すっかり日の暮れた、橙色にどっぷりと浸かる街を憂鬱な気持ちで歩く。三週間も家を空けたのは四年目の結婚生活にして初めてのことだった。勢いで一週間の休みをとったものの、いざ帰宅を目前にして大いに戸惑っている自分が情けなかった。次から次へと横に流れていく四角い建物達が止まってくれればいい。そう願いつつも足は我が家を目指して前に進んでいく。身体の方がどうやら素直らしい。大人しく従うことにした。


「ただいまー」


小さめの声で遠慮がちに言ってから、返事がなかったらどうしようと焦った。たとえ可愛らしい声が返ってこなくとも寂しいとは思わないことにした。それでは自分勝手すぎる。

そう心構えながら数秒待ってみたが、居間からも台所からも声はおろか音一つさえ聞こえない。ついに愛想をつかされて家を出て行かれたとか。もしそうだとしたら今この瞬間に隊服のポケットに入っているマヨネーズライターを粉々に砕いてやろうと思った。



「おかえり。急に帰ってきて何かあったアルか」





けれども土方の愛用ライターが砕けることはなかった。何故なら家中に鳴り響く電話の呼び出し音と共に玄関に一番近い和室からひょっこりと愛しの妻である神楽が顔を覗かせたからである。


総悟は安堵やら嬉しさやら一気にいろいろな感情が混ざり合って上手く返事ができなかった。やっとのことで、あ、と声を出すも神楽は既に廊下を滑るように歩いていって電話のある台所へと姿を消していた。


慌てて靴を脱ぎ捨て、廊下の半分まで到達した所で再び玄関へと引き返す。靴を脱ぎ捨てるのはだらしが無い、とすっかり4歳児の母になった神楽に言い聞かされていたことを思い出した。



隊服を私室の椅子に掛け、愛の抱擁か熱烈なちゅーかどちらを先にするべきか悩みながらベスト姿のまま急いで台所へと向かう。


台所のカウンターには黒のエプロンが畳まれて置いてあった。新婚時は可愛らしい桃色のレース仕立てのエプロン使っていた神楽は、本格的な子育てが始まると腰から膝丈辺りまでしかない黒一色のシンプルなエプロンに切り替えた。それがとても不満で当初は文句を言ってみたが、聞く耳を持たずに神楽はそれを使い続けて今に至る。






「今度お礼に酢昆布送るアル。この前は本当に迷惑かけたナ」

「売れないオモチャ?それはいらないアル。だってどうせロクな大人の玩具じゃないネ。この前見せて貰ったのもおぞましいかったネ。あれは早いとこデザインと機能性を変えた方がいいアル」

「おう。じゃあまた会えたらあそぼーネ、晴太」



右肩と右耳に受話器を挟みながら会話をする神楽を最初は微笑ましく眺めていた総悟は少しずつ表情を硬くしていった。会話の内容の何かがおかしいと思い始め、やがてそれは確信へと変わった。不自然すぎる単語の連発と極めつけは最後に彼女の口が告げた男の名前だった。暫く総悟の脳は思考を手放した。


「今の誰…」


漸く喉辺りでうろうろと彷徨っていた言葉が口から飛び出した。一瞬きょとんとした表情を浮かべた神楽は畳まれたエプロンを広げてそれを腰に巻きつけながら何でもないというふうに答える。



「誰って…ちょっとした友達アル」

「男の?」

「うん」

「旦那とメガネ以外の?」

「うん。ってもしかして何か疑っているアルか」

「いや、別に。ただ大人の玩具とか如何わしい単語がちらりと聞こえたんでねェ」


エプロンの紐を蝶々結びにする手の動きを止め、自分の方をじっと見つめてくる神楽の視線に耐え切れなかった総悟はふいと顔を背けてから頬を微かに膨らませた。拗ねる、甘えるなどという子供みたいな仕草をすることが意外にも彼女の受けがいいと判明したのは結婚する前のことだった。この手を使うのは久しぶりで、案の定神楽は首を傾げながら擦り寄ってきた。


「晴太は昔知り合った年下の友達ネ。変な関係じゃないから安心するヨロシ」

「別に誰も疑ってねェよ」

「素直じゃないアルな。顔に全部書いてあるネ」

「だから違うって」



攻められるのも悪い気はしないが、それは自分の本業である。調子に乗れるのも今のうちだと彼女の腰に二本の腕を回すとそのまま自分の方に引き込んだ。体勢を崩し、倒れ込む神楽を抱きとめるなり総悟は顔中に不敵な笑みを広げてみせた。神楽の表情は一変して青ざめる。人の顔がこんなにも青くなるのを初めて見た。


「構って欲しいなら素直に言いなせェ」


多分素直じゃないのは自分の方だ。そう頭では理解していても、正直に言うつもりはさらさらない。潰れるくらい抱きしめて、窒息させるまでキスをしてしまえば、そんなことは関係ないのだ。結ばれたばかりの蝶々をゆっくりと解きながら、エプロンの黒に落ちた自分達の深い口付けから生まれた透明の粒が染みを作っていく。それを総悟は満足そうに見つめ、やがて露になった彼女の白くて細い肩に噛み付いて別の染みを作った。










疼く愛が燻る曜日













<あとがき>
柚葉様より未来夫婦沖神で甘とのリクエストだったのですが、まず遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした!ん?何処らへんに糖分が?と思われることは間違いないと思います。その上駄文・そしてまさかの晴太です。沖田を妬かせよう作戦失敗の甘さの欠片もない中途半端な文になってしまいました。漂白、洗剤でひたすら洗い流す、乾燥機に入れて放置するなど柚葉様のお好きなようにしてやってください。
リクエスト有難うございました^^

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