※3Z未来
※大学生同居設定
恋なんて面倒臭いものだ。恋が持ってきてくれるものは少しの甘味と多量の酸味と苦味にすぎない。けれど本当のことを言えば、それらのことを頭の中では咀嚼できているのに結局は恋をしてしまう自分が一番面倒臭かったりする。
「当たって砕けるのにも限度があるネ。従って今日から神楽様は暫く休戦しようと思います。どーですか。」
自作の冷え切った海老グラタンにスプーンを突っ込みながら、沖田は黙って神楽の宣言を聞いていた。彼のスプーンの動きがどうやら止まりそうにもなかったので、神楽は言葉を続ける。
「っていうかお前の方は進展あったのかヨ。まさか、未だに影からこっそり見つめてますのチキン気取ってるアルか。」
「チキンで結構。俺鶏肉好きだし。」
あわよくば沖田が残したままの海老を頂こうと企んでいた神楽は、沖田に一瞬の隙をつかれた。気がつけばターゲットが沖田の口の中で解されている最中だった。伸ばしかけた手がフォークを持ったまま、するすると引っ込んでいく。腹立たしい気持ちがいっそう強まった。
「そういう問題じゃないネ。もういいアル。お前は一生サドチキンやってろ。」
このところ、ハンバーガーに身を潜めるピクルスのような味の恋しかしていなかった神楽は心身共に疲れきっていた。
今日だって、バイト上がりにちらりと目にした愛しい人の腕には媚びた女がぶら下がっていた。そのことを思い出したせいか、朝に貰った遊園地の赤い風船が夕方になって急に萎んでいくように神楽の心も小さくなった。
「このままじゃあ一生両思いになれないどころか結婚もできないヨ。」
「一応お前も結婚願望あったんだ。」
「当たり前アル。純白のドレスとブーケ投げと御祝儀は乙女の憧れネ。」
「最後の違うだろ。」
皿にこびりついたグラタンの焦げた部分を剥がそうと躍起になっていた沖田は完全に上の空だった。いつもであれば気に留めない神楽だったが今日は違った。
自分がこんなにも頭を抱えて出した結論を軽く流す沖田が忌ま忌ましいと思った。仮にも同居人として3年間も同じ屋根の下で生活してきているのだ。少しくらい真剣に耳を傾けてくれる時があってもいいではないか。
食器を片付けるのにわざと喧しい音をたてる。流し台に白い皿を放り込むと洗わずに水だけ浴びせた。そんな神楽の異変に気が付いたらしい沖田は自室へ姿を消そうとする彼女の背中に向かって叫んだ。案の定、声は狭いリビングと廊下に響いた。
「結婚云々言う前に自分の部屋くらい綺麗にしとけィ。仮に恋人がお前に出来たとしてもアレじゃあドン引きされて破局でさァ。」
身をくるりと方向転換させた神楽は勢いよく沖田へ迫った。あまりの至近距離に沖田の口からはクリームの匂いが香ったが、そんなことはどうでもよかった。怒りに肩を震わせながら猛烈に抗議する。
「テメェ、乙女の部屋に無断でまた入ったアルか!最低アル。デリカシーがなさすぎるネ!」
「仕方ねェだろィ。お前の部屋片付けない限り、俺が一生ハウスダストに悩まされるんだよ。それでもいいってか。」
「別にいいネ。っていうか、そもそも何でお前と同居してるか分からなくなったアル。」
「たまたま同じ大学に進学した俺達が既に満員の寮に入れなくて、アパートに一人で住むのも金が足りないくらい貧乏だったから。」
「……」
飄々とした沖田の表情を間近に見ている内に幾らか落ち着きを取り戻した神楽は途端にがっくりと肩を落とした。何処で何を間違えたのだろう。何が嬉しくて高校時代の悪友と同居してるのだろうか。
黙り込む神楽の肩に同じ様に黙り込んでいた沖田の手が軽くのせられた。神楽が視線を沖田の顔に移せば僅かに口の端が上がっている表情があった。
「気分転換に映画でも見るか。コーラとポップコーン買って、DVD借りて。」
ほうけたままの神楽を余所に沖田は自室へと姿を消した。すぐに戻ってきた彼はコートとマフラーを装着していた。
「昼買ったレモネードならあるネ。」
「温い炭酸ほどマズイもんはねェ。コンビニ行くぞ。」
「贅沢言うなヨ。」
ぶつぶつ文句を言いながらも神楽は玄関まで歩いて行き、その横に掛けてあった白いロングカーディガンを羽織った。
結局、わかりにくい男の気遣いに気が付いたのは、コンビニでの買い物を終えてアパートに帰ってきた後のことだった。店の冷蔵棚から引っ張り出されたばかりの新品のコーラと自分の机の上にぽつりと置いてあったレモネードを比べてみたら、沖田と自分の関係がまるで温い炭酸の方だったからだ。
緩いサイダーの酸素密度
なんやかんやで最後はゴールインしそうな沖田と神楽。