※いろいろ捏造金魂
※おっかぐと言い張る
「堂々としてればいいんだよ。裏口から入らないで正門から入るのも、そういう意味を込めてだってことを忘れるな」
「分かってる」
フラッシュの白い光は目に悪い。何度も光を浴びせらる内にそう思った。その証拠に閉じた瞼の裏には不規則な斑模様がいくつも出来上がっていた。ドアが開かれ、地面に片方の足の裏をつければ浴びせられる。取り囲む人々の好奇心に満ち溢れた顔を見るたびに吐き気がし、そして無性に腹が立って、それ程重くないはずの車のドアを閉めるのに手の平に精一杯の力を込めた。
「被告人、懲役20年の実刑判決」そんな無機質な一声によって私の人生の残りが決められた。豪華絢爛で派手な生活を送ってはいたが、決して目立たないように生きてきた人生のはずだった。否、目立って生きてはいけなかったのだ。そんな人生の途中で、まさかこんなちっとも嬉しくないサプライズが用意されていただなんて思ってもいなかった。
中国マフィアのドンが逮捕された。監獄の食堂に備え付けられた画質の悪いテレビから見るニュースは傑作だったが、退屈さに溺れる人間の格好の餌食となった自分もまた哀れで仕方がなかった。唯一救われたことは、画質が粗かったおかげで化粧を全て落として裁判所に赴く自分の顔がよく見えなかったことくらいだった。
そんなふうに情けなさと驚きの間で右往左往している自分を慰める気にもなれずにいた日々を送っていたら、何時の間にか一年が過ぎていた。小さな窓にも取り付けられた鉄格子の間から拝む風景にも愛着を感じ始めた頃、ケツ顎の部下が勝手に保釈金とやらを払ったらしく、ある日突然私は外に放り出された。
僅か数枚だけの小銭を持って慌てて近くの公衆電話を探す。嫌でも頭に刻まれたままの番号を震える指先で押していく。数回目の呼び出し音で漸く受話器をとったのはケツ顎でも金ちゃんでもなく、「この番号は現在」というお決まりの機械音が断続的に流れているだけだった。
「何なのヨ」
鉄格子の狭い空間から抜け出すことができたという嬉しさは微塵も感じられず、ひたすら背筋の凍るような孤独感を覚えた。プラスチックの扉を折り畳んだ後は、頭の中を真っ白の状態のままにしてよろよろと歩き出すしかなかった。
帰る場所も家もないため、あてもなく歩き続けるしかなかった。どれくらい歩いただろうか。やがて足の裏にひりひりとした痛みを感じ始め、じんわりと冬の寒さまでが肌に凍みてくるようになった。いよいよ本格的に目が霞みだした頃、気がつけば辺りはすっかり夜の闇と喧騒に包まれていた。
「随分とご無沙汰でしたねェ」
低めのヒールのパンプスだったが、コンクリートに足音は十分反射していた。規則的なその音に聞き入っていると、少し離れた場所から聞こえてきた声に思わず顔を上げる。すると視界の端には懐かしい男が映っていた。
「なんでお前が此処にいるアルか」
以前のように高飛車な態度をとれるような力も無く疲れきった声で答えると、ネオンに半身を照らされている男は薄い笑みを浮かべた。
「そりゃ女王様をずっと待ってたからに決まってるじゃねーか」
「お前馬鹿ダロ」
「馬鹿かも」
そう言って、肩を竦めてながら笑顔を浮かべる男は相変わらず黒いスーツがよく似合っていた。ポケットに両手を突っ込んでいる彼の手をふと思い出し、胸の辺りが僅かに疼く。昔あの男の手で優しく撫でられ、触られた箇所に熱が蘇りそうになり虚しさが募る。
「どーせお金も帰る所もないし歌舞伎町には5年間立入禁止だから、またムショにでも戻ろうかしら」
いつから自分は精一杯の強がりなんてするようになったのか。現役だった頃は少なくともそんな術を知らずにさえいた。いつからこんなにも男の体温に縋りたくなるような女になってしまったのか。
手首を掴まれ路地裏まで連れていかれたかと思えば、頬に強い圧迫感が加わった。そして優しくもない荒々しい唇の重なり合いに哀しいとは掛け離れた感情から生まれた水滴が地面を目指して落ちていく。
「はっ…」
やがて舌先と舌先が宙で絡み合い冷気と熱を同時に感じる。自分の右手をフェンスの金網部分に巻き付けるようにして押さえつけてくる左手とは対照的に、自分の背中を撫でる男の右手の動きはまるで赤子をあやすように優しかった。
傷は鮮度を保たなければ
一度収監され精神的にまいっているマフィアボスとそれにつけこむホスト。