※銀妙パロ
※微々裏ちっく
瞬きを続けて数回させて、角膜からの水分の逃亡を阻止しようとしたが無駄に終わった。その証拠に視界が歪んだかと思うと、ぺろりと透明な膜が押し潰されるようにして虚しくキーボードの上に落ちる。徐々に硬い殻のようなものへと変化していくそれを回復させる術もなく、机の端に置いてあったケースに手を伸ばした。そのケースの先には、レポート用紙を折り紙に見立てて作った鶴や亀、金魚などが息を潜めていることに気がつく。
恐らく無意識に作り出したであろう動物たちに構う気にもなれず、すっかり冷たくなったコーヒーを飲む気にもなれず、顔を上げれば真上に存在する円盤の針が何処を指しているのかも確認する気になれなかった。ただひたすら自分の指は四角いキーを叩き続けていた。
こんこん、という手が木を叩くような音と同時に扉の開けられる音がした。それではノックの意味が全くないと抗議しても相手は全く聞き入れるつもりはないだろう。溜息を細く長く吐いてみせれば、それよりも細くて長い息を後ろで吐き出された。
「俺、腱鞘炎になるかもしんない。」
「なれるもんならなって下さい。締め切りに最初から間に合わせるつもりのない貴方には無理かもしれませんけど。」
「間に合わせる気があるから、こんなに必死に頑張ってるんですけど。」
「あら、そうだったの。ごめんなさい。そういえば今日は眼鏡なんですね。」
全く悪びれた様子も見せずに、まだ中身が入っている銀時のマグカップを撤収させながら妙は言った。温かいコーヒーを淹れ直すために、一人暮らしにしては十分すぎる程のキッチンへと向かった。優秀な担当としての性か、下準備も怠ることはできない。瞬間湯沸かし器で沸騰させたお湯をカップへと注ぎ、インスタントではなくコーヒーメーカーを作動させた。それは数ヶ月前に妙が銀時に無理矢理買わせたものだった。
「どうぞ。」
「どうも。砂糖は、」
「ちゃんと大さじ3杯いれましたよ。」
僅かな音と共にデスクの中央に置かれた熱い陶器のカップ。コースターがしっかりと下に敷いてあるのがちらりと視界に入った。暫く青白い液晶画面としか対面していなかったせいか、首にも目にも痛みを感じる。何か刺激が欲しいと、その感情のままに行動を起せば、自分の指は彼女の細い手首に強く巻きついていた。
「こんなもの…」
銀時の爪が食い込む程だったが、妙はそのことには表情一つ変えずに机の端から今にも落ちそうな金魚を掴まれていない方の手の指で摘み上げる。
「作ってるからいつも締切間に合わないんですよ。」
「違うな。」
水も何もない乾いた茶色の砂漠に魚を戻しながら呟いた女に対して、遮るように男は答えた。先程までは自由だった互いの片方の腕を拘束し合えば、柔らかくて甘い香が自分の鼻を掠める。
「こういう事してるからじゃねーの。」
最新の科学技術で限界まで薄型になったパソコンを片手で退ければ、かさりと虚しく床へ落ちていく3匹と中身の液体を波立たせるコップ。空けられた茶色に彼女を座らせれば後はもう知らない。暫くすれば自分の腰に絡みつくであろう女の白い脚を眺めると、その思いは一層強くなった。
紙魚を飼う小説家
わりと人気作家の銀さんと他に何人もの作家を抱えている担当の妙。