中学生高校生パロ。












気絶寸前で布団に潜り込んだ時には部屋の空気は全て冷気によって支配されていたが、今は違う。ストーブがちゃんとその役割を果たしたおかげで、部屋は暑いくらいだった。布団を跳ねのけ、上半身を起せば全開のカーテンから溢れる朝日という名前の日光。三輪車のように回転していた脳が、一輪車程度にまで復活するのをベットの上でひたすら待ち続けていたらインターホンが鳴り響いた。


己がセットした計3個のどの目覚ましよりも早い、と内心腹を立てながらも低血圧のせいもあってベルを鳴らす人間に怒る気力も生まれない。こんなことが最近の日常茶飯事となっている。


部屋に充満する空気とは対照的に凍るような床の冷たさで、足の裏を針で刺されたような感触に襲われる。顔を顰めたまま玄関の扉を開ければ、同じく顔を顰めた男が仁王立ちしていた。


「…朝っぱらから迷惑アル。」

「こっちだって好きで来てるんじゃねーや。姉さんに頼まれて仕方なく、だ。」


「仕方なく」という部分を嫌という程強調しながら学ランに身を包む目の前の男をじろりと睨みつけてやる。「ストーカー被害に遭った」だなんて、うっかり男の姉に漏らさなければ良かった。後に「そんな輩は3倍で返り討ちに出来る」と言い張ったが彼女の心配を増幅させただけだったらしい。次の日の朝にはコイツが玄関に送り込まれていた。










「マウンテンゴリラにストーカーってどんな物好きでィ。」


登下校中に必ず一度は彼から聞かされるこの言葉に神楽の中でマグマが噴出し始める。亀裂の間から少しずつ滲み出てくるのが自分でもわかった。ハイソックスから覗く自分の足を冬の風が撫で回すのにも腹が立つ。


「知るかヨ。とかいって嫌々ながらも毎日私を家と学校に迎えに来るお前こそ物好きアル。」

「寝言は布団の中で言え。っていうかお前のせいで学校の奴等からロリコン疑惑かけられてるし。」

「だったら止めればいいアル。お前の迎えなんか最初っから必要としてないネ。」

「さすがゴリラ女。可愛くねーな。女は素直な方がモテるぜィ。」

「どーせ可愛くないネ。そういうお前だって無駄に女みたいな顔して、もやしみたいな身体だし、男らしさのかけらもないアル。」


いーっと己の舌を限界まで下に伸ばして神楽が言うと、顔を不機嫌そうに歪めた沖田は早歩きでその場を去っていってしまった。言い返さないところが妙に大人ぶっていて癪に障る。後ろから自分の鞄を彼の頭に目掛けて投げつけてやろうか、とも思ったが筆箱と携帯と下敷きしか入っていないことを思い出したので止めておいた。
















***



「ねぇねぇ。」

冬の夕方は短い。夕暮れを拝める時間なんて全くない代わりに、あっという間に夜の闇がやって来るということを忘れていたわけではなかった。嫌な予感はものすごくしていた。ゆっくりと首を後ろへ回しながら、内心溜息を吐いていた。


怪しい男と言えば真っ先に思い浮かべるのは『中年』だが、目の前の男もまさにそれだった。先日のストーカー野郎とは別人だ、と分かっても安心できる状況では決してない。いつのまにか自分の肩には男の指が食い込んでいた。



「可愛いね。」


そばに散歩中の犬でもいれば、「可愛いですネ」とごまかして去ることも可能だったかもしれない。けれど今この1平方メートルの空間にいるのは自分と男だけだった。その言葉は紛れも無く自分に対して向けられている。



鳩尾に一発決めてやるのも結構だが、後でショウガイ何とかみたいな罪に問われることになったら厄介である。言葉に詰まりながら、どうやって逃げればいいのかと普段は鈍い頭を必死で回転させた。男の肩越しに十字路が見えるから、そこの曲がり角まで走れば上手くいくかもしれない。




「僕とカラオケとか行って遊ぼうよ。」




一方的に言葉をかけられ、言葉を遮断したくともそれができない。神楽の頭の中では既にぐるぐると考えが巡らされていた。カラオケなんて密室空間に二人で行こうものなら後の展開は目に見えている。確実に××されるに違いない。大体いい年して『僕』って何だ。額から嫌な液体が滲み出て、頭の中では朝の出来事がフラッシュバックした。


ああ、何て自分はタイミングの悪い女なんだろう。よりにもよって、今日、こんな目に遭うなんて。この際助けてくれるなら、瀕死寸前の鰤のような瞳を持つ自分の担任でもいい。情けないことに足も竦んでしまっていた。





が、ここで貞操を奪われるわけにはいかない、という強い意識が神楽を目覚めさせた。劈くような悲鳴を上げるや否や、全力疾走し始める。甲高い声は住宅街を反射して響き渡った。




男は完全に怯んだらしく、追ってくる気配はない。後ろを振り返る余裕などはなく、ひたすら走り続けた。










***


「学年対抗リレーでもあったんですかィ。」

「…はっ。」


家に帰るまで全力で走りっぱなしだったため、学校一運動神経が良いと言われている神楽もさすがに激しい動悸と息切れで正常な会話をすることができなかった。



代わりに外気によって白く変色する息を次から次へと吐き出していた。膝に手をついたまま、見上げると視線の先には暇を持て余していたであろう沖田がポストに背中を預けて立っていた。


自分とは真逆に飄々とした顔をしている目の前の男を改めて神楽は見つめた。ものすごく本当に不本意極まりないが、しょうがない。もうあんな思いはしたくないという気持ちが勝った。コートからはみ出すスカートの裾を少しだけ握り締めてから言った。



「やっぱり…て欲しいアル。」



呼吸をし過ぎたせいで、神楽は掠れた声しか喉から出せなかった。けれど彼女が何を言わんとしているか沖田には分かっていたはずだった。



「何て言ったんでさァ、聞こえやせんでした。」


アパートの一室から零れる光が沖田の顔を照らしていた。その端整な顔には不敵な笑みが広がっている。


「このサド野郎…。」

「サド野郎で結構。早く言えって。」

「もういい。何でもないアル。」

「ったく手のかかる奴。」


くるりと体の向きを変え、立ったままの沖田の横を素早く通過した神楽は階段をローファーで踏み鳴らして上がっていく。カンカン、と金属音が響く中で後に続くもう一つの音。近所からしてみれば五月蝿いと思う合奏でも、不思議なことに神楽にとってはそれが心地良かった。













踏みつけた足跡も足音




中学生神楽とその兄的な高校生沖田。







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