※社会人パロ
※シリアス風味で高神(→)沖
「チャイナ。」
事の最中に自分の耳元で聞こえる彼の息遣いと声を聞く度、いつも鳥肌のようなものがたっていた。それは恐れからではなくて、次々と押し寄せてくる快感によるためのものだったのだ。けれどそのことを彼に打ち明ける前に彼は立ち去ってしまった。アルコールランプの火が被せられた蓋によって一瞬で消える、そんな感じで胸に燻ったままの想いを消せたらよかったのに、性悪なアイツはそれすらも許してくれなかった。ポイ捨てした煙草の火が未だに消えていないということに彼がこの先気がつくことはきっとないだろう。ズルイ奴だとつくづく思う。
「ば−か。最低男。」
呟いた一言が雨に濡れた。それなのに自分を煩わせる想いだけは消してはくれないのだ。卑怯な水だとつくづく思う。
***
フランスの老舗から取り寄せたという特別なシャンパン、750ml、12600円は確かに舌鼓を打つ程の味だった。最後の一滴までが自分のグラスに注がれるのを見届けてから、静かな沈黙が続いた。何回目のデートなのかは忘れたが、テーブルを挟んで彼と近くで会うのは久しぶりだった。
「次いつ会う。」
自分の手首の金色の文字盤を眺めていた彼が口を開いた。薄い唇だが、その口で一企業を動かすトップの位置にいる男。こんなにも次に会う日を早く決めるのは、少しずつ事が進行している証でもある。「動き出した歯車は止まらない」そんな表現はフランス映画に腐る程溢れていそうだ。
「来週…は出張…か、再来週の金曜日は?」
「ごめん…。その日は…。」
「予定?夜にか?」
男は無自覚で言っただろうが、その言葉の裏に何処か自分への疑心が含まれていそうだと神楽が思うのも無理はない。そしてふと思い出す。目の前の男も同じ予定が入っているはずだということを。
そのことを不可解に思いながら、「高校の同窓会が。」と呟いた。昨日、マンションの郵便ポストに葉書が入っていて、すぐその後部屋に帰ったらFAXが届いていた。地味と眼鏡しか取り柄のない、けれど御人好しだった男の懐かしい字体だった。
「お前行くの。」
行かないことが当たり前だという風に高杉は素っ気無く尋ねた。神楽が答える代わりに無言で頷くと、軽い溜息を吐いてみせる。
「仕方ねェからまたメールしろ。」
「うん。」
「お前いつも忘れるから、話が進まないったらありゃしねェ。」
「うん。今度は忘れないヨ。」
どうして私がいつも忘れるのか。きっと彼はその理由を本能的に考えないようにしているのかもしれない。それか面倒くさいだけか。後者の方が彼の性格から考えて合っている気がする。そう思うと急に彼に対する罪悪感に似たような感情が湧き上がってくると同時に共犯めいた感情も生まれてくる。ずるずると汚い布を引きずったまま歩き続ける自分達自身に早く終止符を打ちたい。問い詰めたことは無いが、きっとそんな気持ちを抱いてるはずだ。そしてその布を美しいベールに変えるため、自分達は寄り添い合うことにしたのだ。
手元に視線を落とすと、美しく磨かれた銀色の食器がある。造られた年代が刻まれているスプーンのシルバーの部分が鈍い光を放っていた。それらを暫く見つめている内にそっと瞼の裏に浮かんでくる光景があった。
同窓会に着ていく装いはシルバーグレーのワンピースで裾から水玉のシフォンが見えるディテールとなっているものを着ることに決める。丈は短め、ノースリーブで胸元が強調されるわりと肌の露出があるデザイン。そのままワンピースドレスを着て、袋には来店時に着ていた服を入れて宅配して貰い、ハイヒールを履いた足で美容院へとタクシーを向かわせる。
別れた男に再会するというシチュエーション。最後くらい綺麗になった自分を見せつけて驚かせたいというのは、乙女なら誰でも共感できる想いだと言い聞かせる。
そこで映像はぷつりと途切れた。想像だけで創られたにしては立派で現実的なコマ送りだった。しかしそれは、いつまでも癒えない恋を自分にさせるあの男への精一杯の抵抗に過ぎず、まるで目の前にある鈍い光を放つ銀鍍金のスプーンに似た恋のようだと嘲りたくなる気持ちを自分の体内で育てるのを助長するだけだった。
癒えない恋はスプーンで
とりあえず高神と言い張る。