夜兎トリオでパロ。
雪化粧をすることができなかった街には寒気だけが訪れていた。着飾ることができなかったことに不貞腐れたのかは不明だが、その寒さは容赦ない。
街を行き交う人々はコートなどを着込み、マフラーに顔を埋めて歩くものだから衝突事故が頻繁に起こっている。そんな光景がよく見られる大通りに面し軒を連ねる店達の一つに、客入りのとびっきり悪い店があった。
「兄貴―。」
「なに。」
「ずっと食器洗ってるから私もう手がボロボロアル。年頃の女の子の手がカサカサなんて許されるわけないネ。」
「俺が許すよ。」
フライ返しを使用せずに焼き上げる、というのが神威のこだわりらしい。表面に大きめの粒が生まれては破裂して消えていくのを横目で確認し、フライパンを傾ける。宙に黄金色の円い円盤が華麗に舞いやがてフライパンの黒に帰還した。
「クリームでもつければ。阿伏兎が買ってきた尿素の奴。」
「オッサンが買ってきたクリームなんて信用ならないアル。どーせ育毛剤かなんかの類に決まってるネ。」
「俺まだ禿げてないんですけど。」
店のカウンターに領収書やらノートやらを散らかし、肘をつきながら不機嫌そうな顔で阿伏兎が不本意とばかりに呟く。数日前から彼の視界には真っ白な紙と領収書の類しか映っていなかった。今更になって溜め込まなければ良かったという後悔をし始めていたところだった。とはいうものの、数える必要があるのは支出のみで収入は殆どないという厳しい現実に気がついたばかりでもあったが。
「だいたい店のメニューがホットケーキと焼きそばと炒飯だけって有り得ないだろ。」
「うるさいなァ、お前は会計だけやってくれればいいの。」
香ばしい匂いが三人の鼻をくすぐる。もうすぐ出来上がるという合図。盛大な音を腹で奏でた神楽は恨めしい顔をして横に立っている男を見つめた。
「いいなァ兄貴は。『ブツブツを見たらひっくり返すと思え』の法則だけに従えばいいだけアル。」
「ばかだなぁ。調理係が一番大変だと思わないの。客が来るか来ないかは調理に懸かってるんだから。」
「…」
神威は神楽に向かって軽い溜息をついてみせ、それから均一な黄金色に焼きあがった円盤を満足そうな表情を浮かべて見つめた。側面の弧が作り出す曲線がどんなに美しくても肝心の客が入らなければ意味がない。カウンタ−越しに阿伏兎と神楽は互いの心の内を通わせた。
月の曲線を撫でるゆび
夜兎トリオが地球で出稼ぎしていた場合。
月=ホットケーキ
調理係=神威
会計係=阿伏兎
食器洗=神楽