※引き続き微裏
※沖田と他の女との描写あり
「お前さァ、俺とヤッてて気持ちいい?」
「何ヨいきなり。」
ランプを最小限の明りにしているため、部屋の中は薄暗かった。乱れたシーツの皴が意外にもはっきりと確認できる。二つの枕の割れ目に頭を落とした神楽は、曇った声で答えた。
「気持ち良い、って言えば満足アルか。」
「別に。ただ、お前の善がる声ってあんま聞いたことねェなと思っただけでさァ。」
「女の喘ぎ声が好きなら他の女に求めろヨ。私は死んでも出さないアル。」
「いいや別に。聞きたくもねェし。」
うつ伏せ体勢のまま動こうとしない彼女の上に覆いかぶさって、沖田は神楽を無理矢理自分の方へ向かせた。余裕のある互いの瞳がぶつかり合う。神楽は溜息のような僅かな空気を口から吐いて笑った。
「要するに聞きたいんじゃねぇかヨ。」
結局、その後に繰り返された行為の最中に神楽が快楽に溺れた声を漏らすことはなかった。
***
精神安定剤が切れた。といってもその薬は処方箋付きでもなければ、医者の診断を受けた上で貰ったわけでもなかった。
我武者羅に毎日を過ごし、くだらない事で騒ぎ、盛り上がり、祭りやイベントにやたら五月蝿い餓鬼だった。そんな青春という空虚な幻想を信じて生きていたような恥ずかしい時代。それらを共に共有した女に先日別れを告げられた。けれど恋人同士というわけでもなかったから、この表現には語弊があるかもしれない。
女の言葉に耳も貸さず性欲を制御し切れないで行為に没頭していたため、一夜が明けて目を覚ました時、「これで最後だから。」という趣旨の言葉を掛けられた時には、態度には出さなかったものの心の内では少しばかり動揺していた。
砂糖の量を間違えた手作り菓子のような関係だった、と思う。甘くもなく、苦くもない。丁度良かった。他の何人の女と付き合おうが別れようが、アイツとの関係だけが変わらないままだった。アイツの肌と重なり合う時の感覚は甘美にはなれないけれど、堪らなく安心できる、自宅の使い慣れた枕に似ていた、と言ったら彼女は怒るだろうか。
化粧が剥げ、いつもより5歳は幼くみえる女とベットの上で裸で抱き合ったまま、ひたすら数日前から急に姿を消した神楽のことを沖田は考えていた。もうすぐやってくるイベント事に誰よりもはしゃぎそうな女が。
携帯のメールも電話も通じなくなった。家の電話に掛けようとしたが、高校時代の連絡網が見つからず、わざわざ神楽が親しかった志村兄弟にまで電話をして番号を調べたが、返ってきたのは「使われていない」という機械じみた声。そこでふと神楽のことを何も知らない、という事実に気が付いたのだ。
「ねェ。」
自分の顔の下で、女が拗ねたような声を出した。
「なに。」
「今日はもう終わり?」
「…。」
昼間の時に使う上目遣いではない、けれど媚を含んだ瞳で見上げられる。こういう眼をアイツは一度もしたことがなかった。いつだって、ただ青い眼だった。
「じゃあヤる。」
暗闇に満ちた空間で視覚が必要とされない行為は、他の五感が敏感になる。暫くすると、泣き声のような音が部屋の壁に反射した。こういう声をアイツは一度も漏らしたことがなかった。けれど、最後に会ったあの日だけは違った。それはそれは聞く側が酔いしれてしまいそうな甘美な声で、まだ自分の耳に残っている。