金魂設定+微微裏…?














縦にも横にも面積のある硝子張りの建物のエントランスに数台のハイヤーが乗りつける。


外気の茹だるような暑さを一瞬たりとも感じずに車から滑り出るように降りた女の今にも折れてしまいそうな黒のハイヒールは、女が最初から歩くという行為を予定していないことを示す。




「あんまり無茶すんなよ。」


荒れた金髪を掻き、同時に溜息を吐き出しながら呟いた横の男を盗み見た。相変わらず覇気のない横顔だった。心配してくれているとは分かっているものの、自分だっていつまでも子供じゃない、と反論しかかった言葉を無理矢理飲み込んだ。こういうトコロが大人になった気がする。



「今日が何の日か分かってるアルか。」


「おー。」



余りの返事の適当さに呆れつつも、今日は特別な日故に気にも留めない。その上、太陽が地平線の遥か下まで潜っている今こそが彼女にとっての一番の活動時間でもあった。夜こそが彼女の領域。



薔薇刺繍が施してある絨毯に願わくば跡を残せるように、とハイヒールを食い込ませながら歩き始めた。














***


「やっぱり本番のカジノは違うなぁ。」

先程から驚嘆しかしていない男に隣に立つ女性がご満悦な表情を顔中に浮かべる。胸元を大胆に強調するバイオレッドの彼女のミニドレスは華やかだった。


「でしょう?いつも皆には良くして貰ってるから今回は特別サービスよ。好きなだけ遊んで頂戴。」


そう言って女は札束とホテルのカードキーをホスト一人一人に渡す。受け取った際に彼女の指先のフレンチネイルを見て、女という生き物は器用だなと沖田は思った。



「太っ腹ですねェ、彼女。


お気に入りの新人ホストと共に女性がフロアから姿を消したのを確認してから、沖田は煙草を先程から吸い続けている土方の隣で呟いた。もたれ掛かった壁をやけに冷たく感じつつ、隣からの返答を待った。近くにあるスロットコーナーからの賑やかな音が辺りに響く。


「金を使う時間がないんだとよ。伊達に女社長じゃねェからな、あの人は。」


「だからって俺達ホストを外国に連れて来ますかィ?つーか社員旅行?」


「だったら近藤さん達と一緒に向こうに残ればよかったじゃねェか。」


「………。」


一瞬黙った後、少し大きめの声で沖田は呟いた。大量のコインがぶつかり合う音にも掻き消されなかった彼の声は土方の耳にも届く。


「ちょいとヤボ用が。」

「こんな場所にか。」


土方が数本目の煙草を吸い終わり天井を仰ぎながら尋ねると、まばゆい光を四方八方に撒き散らしているシャンデリアが目に入った。
相手が再び沈黙の道を選んだらしいので、日頃の嫌がらせの仕返しといっては何だが敢えて相手を刺激することに決める。



「女と別れたらしいな。」


ほんの僅かに沖田の組まれていた腕が緩むのを土方は横目で捉えた。先程まで仰いで眺めていたものが悪かったらしく、視界に霞がかかるような感覚が残っている。



「俺の職業が気に入らないらしくて。」


「まァ普通の女ならな。」


これだけには同情的な理解を土方は示す。不特定多数の女の接客を職とする彼等にとって、やはり普通の恋愛はできないのが現状だった。相当変わり者か、器の大きい女でなければ、とても相手は務まらない。



「やっぱり…あの女じゃないと駄目みたいでさァ。」


その意味深長な言葉だけを土方に残すと、歩き出した沖田の姿はカジノで賑わっている人ごみの中にへと消えていった。相変わらずな掴めない奴、と土方はスーツの内ポケットから再びライターを取り出した。











***


両替したコインが瞬く間に倍へと変わり、深緑のテーブルに積み上げられていく金色がシャンデリアの照明と共鳴し合って輝いている。両隣の男達の表情は随分と険しくなっていた。大方、自分のことを「単なる金持ち女」とでも思っていたのだろう。だから余計にしてやったりと感じた。



少し離れたテーブルで頭を抱えながらコインの山を中央に移動させている金髪頭の男が視界に入り、思わず神楽は口元を上げる。調子の良い日と悪い日の差が激しい彼は、自分が儲けを出しても見事にプラマイゼロにしてくれることが多い。



可哀相な金ちゃんのためにも、そろそろ引き揚げようか。滞在中のスイートは最高だし、ケーキやご馳走が胃の中で大暴れしない内に切り上げるのも悪くはなかった。カジノなら明日の晩も楽しめる。なんてことを考えながら長くて深紅の爪の先を頬に押し付けていたら、誰かの手が肩に置かれた。




「儲けはどれくらいですかィ、お姉サン。」











***


予想はしていたが、やはり溜息をつかざる得なかった。もはや暗闇は本来の役目を果たしておらず、多彩な電飾達が主役に踊り出ている。

視線を窓硝子の向こうから自分の手元に移すと、グラスには白ワインが半分以上残っていた。


「…久しぶりネ。暫く顔見ない間に男らしくなったんじゃない?」


「貴女がおべっか使うなんて珍しい。」


「ホントなのに。」



上手い芝居をする気は更々ないらしい。わざとらしく肩を竦めて女は言う。黒のロングドレスが彼女の露出している細くて白い肩を強調していた。


「…それで?どうして所にいるの。」


「貴女の誕生日を祝いたくて。」


「嘘は駄目。」


「ホントなのに。」


先程の彼女の動作を真似てみる。わざとらしく肩を竦めたら、女は面白そうに自分のことを見つめてきた。あの透き通る蒼い瞳で射抜かれるような視線を浴び、鳥肌が立ってぞくぞくするのを感じた。もっと彼女との距離を縮めたくて、立っていた場所から数歩横に移動する。グラスの中の液体がゆらゆらと揺れた。




「恋人いましたっけ?」



ふと彼女の白い手の4番目に光る輪が見え、躊躇うことなく尋ねた。動揺はしていない、どんな答えが返ってこようとも覚悟はできている。



「いるわけないアル。」


「みんな私の正体知ったら逃げ出すに決まってるネ。そういうのが面倒だから最初から男避けしてるのヨ。これは金ちゃんが誕プレでくれた奴。」



半分不貞腐れたように答える女は、頬を僅かに膨らませて光る指輪を見つめていた。その横顔が堪らなく愛しいと思った。すると流動性を帯びた液体か何かのように、するりと言葉が滑り出た。



「俺はマフィアボスなんて最高だと思いますけどねェ。」


その言葉に、神楽はゆっくりと宙に突き出して眺めていた己の手を下ろす。そしてテーブルの上に置かれていたグラスを掴むと、中を満たしていた赤色を一気に飲み干した。



「最後に店に来た時に誕生日は此処で過ごすって貴方が言ってたから、面倒な社員旅行に参加したんでさァ。」


「社員旅行?そんなのあったアルか。」


「まァ…今年は特別に。」


「ふーん。」



特に興味はなさそうといった感じで、神楽は窓硝子の向こうに熱烈な視線を向けているままだった。もうすぐ日付けが変わるというのに、暗闇は相変わらず明るさに満ちている。女の瞳が自分に向けられていないのが気に食わない、なんて余りにも餓鬼のような嫉妬だと沖田は自身に呆れた。



「そんなこと言って、結局は皆一緒ヨ。私が怖くなって駄目になっちゃうアル。」


それが先程の自分の言葉を受けているものだと理解するのに数秒かかった。もう抑えなければいけない理由なんて何処にもないような気がした。


部屋の壁に背を預けて立っている神楽の顔の横に両腕を伸ばす。露わになっている鎖骨と首筋の間に噛み付くような口付けを落とす。彼女の形良い眉が美しく歪められているのも気にせず、沖田はそのまま行為を続けた。


「ずっと前から俺は貴方に惚れてて、今も惚れてる。それだけじゃ女王様は気に入らないんですかィ。」


ドレスの後ろのチャックを下げながら尋ねると、深い溜息が代わりに返ってきた。神楽の耳元で光るダイアが敷き詰められた丸いピアスが眩しくて、沖田は思わず目を閉じる。そして再び目を開けた瞬間、青に捕らわれた。



「全力で愛して、祝ってあげまさァ。」



漸く自分の首に巻きついた細い腕の感触を確かめると沖田は囁く。



「後2分で日にち変わるけどナ。」



容赦なく沖田に言葉を返すも、その後は沖田と絡ませ合う舌の動きに夢中で神楽の頭の中は空っぽだった。

何も考えられないくらい自分を愛してくれる男に、あと少しの特別な日を祝ってもらうのも悪くはない。至福なんて一番縁の無い言葉だと思っていたけれど、案外そうでもなかった。

















(Happy Birthday Dear…)











「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
あきゅろす。
リゼ