今年も変わらず、やって来た。


まるで楽しまれることしか知らないような行事の御蔭で、自分にとってはメインイベントであるはず別の行事が霞むのは何となく不愉快だ。


けれど幸いなことに、この国では奴を祝う習慣が定着していない。せいぜい、落書きをした南瓜を飾るとか菓子を余分に買ってみるとかそんな程度だ。









こんな日に街へ出かけても、ロクなことはない。と彼が言い張ったので彼女は一人、彼の仕事場で待っていた。



彼の部下である弟の新八と神楽は朝から出勤していない。昨日の夜に「有給休みだから。」と嘘に違いないことを平気で言っていた。

神楽は一昨日会った時に「デートに誘われた。」と頭を抱えながら相談してきた。相手を聞いても余り驚かなかった。「上手くいくといいわね。」そう言うと、彼女は恥じらいを含んだ可愛らしい笑みを浮かべて僅かに首を縦に振った。







彼に頼むから料理は作らないでくれと懇願されたものだから、とびっきりの手料理も振舞うこともできずにいる。

あの男は分かっているのだろうか。今日が何の日であるのかということを。何故自分が今日ここに来ているのか、ということも。もしかしたら忘れているのかもしれない。十分に有りうることだ。

覚えていたとしても、料理やケーキや洒落たワインなどを、デパートの地下にこの時期だけ特別に出店する美味しいお店で予約するという業が奴に成せるとは到底思えない。



暇を持て余すが、特にすることも見つからない。何となく部屋の様子をぼんやりと眺め始める。あまり広くないリビングの真ん中にポツリと置かれているテーブルが目に入った。


物思いにも飽き、しかしながら台所に行く用も特に無い。仕方なく紅茶だけ入れるためにポットを沸かし始めた。


テレビではアナウンサーが、暗闇の広がる夜空の下で首に温かそうなマフラーを巻きながら、それでも寒そうにして実況レポートをしていた。

画面の中のアナウンサーは、そういえば彼が好きだといっていた人な気がする。フィギュアも持っていたことを思い出して溜息を吐き出した。



ポットが蒸気の音を立てながら、上下に揺れる音を立てる。



慌てて弱火にした後、くるりと冷蔵庫の方を向いて扉を開ける。中にあるピンクのリボンがかかった小さな白い箱を見つめると、満足な気持ちで彼女は扉を閉めた。自分で用意したというのが唯一気に入らない点ではあるけれど、甘いものが大好きな彼はきっと喜んで食べ尽くすに違いない。









ガラガラガラ。



リビングの空間に響きわたるドアを引く音。嬉しくて、胸が弾けてしまうかもしれない。何処へ出掛けに行っていたのか、という言葉は喉の奥に張り付いて消滅した。

男の手には紙袋が提げられていた。某有名デパートの紙袋だった。





「ただいま。」


「おかえりなさい。」



戸は開けっ放しのまま、肌に刺さるような冷気の侵入を許す。


自分を抱きしめている男の肩ごしに広がる黒い背景には一箇所だけ黄色く塗られていて、それはとても小さな面積だった。

それでも普段は全く飾り気のない夜空を星と月とが総出で祝ってくれている気がして、まんざらでもない。










ボルドーのワインを頂く


(珍しいですね。)

(また暫く豆パン暮らしだって弟に言っといて)

(………)












あとがき

銀妙。銀さん、お妙さんハピバ!
ぎりぎり10月に(30分前)滑り込ませました。

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リゼ