※土→ミツ要素あり















朝から派手な演目。題名はつけ難い。強いて言うならば、馬鹿げた喜劇。幕を降ろしてくれるような人物は未だに現れない。






「神楽先輩っ、好きです。付き合ってください。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「沖田君、好きです。付き合ってください。」










体育館の屋上とピロティの中庭。

その二つの場所を同時に眺めることができる場所。



それは銀魂高校、4階突き当たり3Z教室の窓際の席。その場所で高校生には見えない、ふてぶてしい表情をしながら頬杖をつく男がいた。



土方十四郎。



いつものように繰り返されている出来事を、こうして上から眺めるのは一体何回目になるのだろうと呆れる。そろそろ頬にあたる掌が痺れてくる頃だ。


正門から、ぞろぞろぞろと生徒達がまばらに登校してくる光景と、そのすぐ近くで繰り広げられている別世界が約2つ。


いつまで続くのだろう。

この茶番劇は。











***



「姉御−!!新しい彼氏できたアル!!」



騒がしい音を立てながらドアを力任せに開き教室に入るなり叫ぶ少女は、既に教室の真ん中で楽しそうなガールズトークをしている女生徒に飛びつく勢いで報告する。


「そんな大きな声で報告しなくても大丈夫よ、神楽ちゃん。」

「そうアルか?」

「でも良かったじゃない。新しい彼氏ができて。高校入学してから20人目かしら?」


僅かにシュンとした表情を見せる少女に、にっこりと大人の笑みを浮かべる女、志村妙は優しく告げた。

掴まれたことによって、僅かに皺になったセーラー服を整えながら彼女の言ったその言葉に皮肉など含まれてはいない。


「ううん。27人目アル。他校にもいたから。」


けろりとした表情で無邪気に言う少女、神楽は全力疾走によって乱れた自身のスカートの襞を手で直す。


その言葉だけ聞けば、まさに『魔性の女』には違いない。




常に潤んでいるようなくるりとした瞳、おまけに碧眼。加えてキメ細かい白い肌、セーラー服から伸びる細い手足、耳の上につくられたお団子が誰よりも完璧な程に似合う少女は、本人が意識しなくとも男子が放っておかない。



そんな彼女に当たって砕ける覚悟で告白する男子は沢山いた。そして不思議なことに彼等は皆、砕けるような結果にはならなかった。




ただし、大抵の場合 一ヶ月以内に自ら彼女の元から立ち去って行くことになるのだが。











***


覇気のない教師によるダラダラな朝礼が終わった頃、薄目の状態で今にも直立姿勢のまま睡眠体勢に入ってしまいそうな栗色の髪の男が教室にやって来た。


同じく薄目の(ただし死んだ魚のような)教師に出席簿で頭を叩かれた沖田を見つけるな否や、神楽は大声で叫ぶ。



「サドンデス…じゃなかったサド!!」

「何でィ…。朝から。」


低血圧気味の沖田は、出来るだけ無駄なカロリーの消費は避けたいと思っていたため、返事も素っ気ない。


「新しい彼氏出来たアル!!」



「………………。」




暫く続いた沈黙の間に、沖田の身体は徐々に目覚めてきたらしかった。正常な血圧値に回復した沖田は自分の対角線上に妙と一緒にいる神楽に向かって叫び返した。




「テメェふざけんな。奢ってやったアイス返せ。」

「はァ?何のことアルか?」


「『彼氏と別れて今回こそは傷心モードで自殺しちゃうかもしれないアル。でもパフェ奢ってくれたら考え直すネ。』って言ったけどパフェは高かいから代わりにアイス奢ってやったんだろうが。」



神楽の特徴ある語尾だけを真似するだけで、十分に本人に似せることができる。しかしながら、沖田の神楽の物真似は何とも不気味だった。本人はそんなことなど気にも留めない様子で、とりあえず今は自分の感情を相手にぶつけることに必死だった。ただでさえ金欠に悩まされている彼は数円たりとも無駄にはしたくないというモットーの上で生きている。




「『愛す』?お前 私のこと好きだったアルか?キモッ。」


「お前の耳はどうなってんでィ。不良債権返せ。アホ。」


「『不良債権』とかカッコいい言葉使えるからって偉そうにするなヨ。バカ。」

「『不良債権』の意味も分かってないお前がアホ。ニュースくらい見れば。」



朝からエンドレスな口論を続けたことが確実に二人のエネルギーを減らしたようで、暫くすると神楽と沖田は互いに疲れた表情を浮かべていた。



騒がしい教室の音源は大抵この二人。いつもと変わりない光景に、クラスメイト達も最初こそは溜息を吐いていたものの今や僅かに微笑むという境地にまで達している。





そして神楽が恋人と長続きしない理由も此処にあった。




沖田と神楽の毎日の戯れ。

と言えば誤解を生むかもしれない。正しくは戯れと称される喧嘩。


毎日のように口論或いは暴力を含んだ喧嘩を繰り広げる二人は、傍からすれば『喧嘩する程…』という古代から存在する法則に従わざる得なかった。



神楽に告白する男子達も、この事実を知っているために玉砕覚悟で告白するのだが、そこで神楽と沖田は恋人同士ではないという新事実を知ることになる。

そして神楽からは『イエス』の返事。この素晴らしいチャンスを逃す男子はいる筈もない。


そうして晴れて神楽の彼氏という座を手に入れることができる男子達なのだが、神楽と沖田の毎日の喧嘩っぷりの目の当たりにすることで段々とある感情を募らせていく。



二人は本当は付き合っているのではないか、という疑惑。


その疑惑とストレスが溜まりに溜まって、耐え切れなくなった男達は神楽に自ら別れを切り出すのだ。



これが、神楽が恋人と長続きをしない理由の全てである。














***



新彼と弁当を屋上で食べると嬉々として教室から出て行った神楽をクラスメイト全員が見送った。

そして席移動を開始する生徒達とは対照的に自分の席から一歩も動こうとしない土方と沖田。


二人の席関係は前後ろなのにも関わらず、一言も喋らず黙々と昼飯を平らげていく。


少しずつ姿を消していく食材達に感謝の気持ちを表すなんてことはしない。次々と口の中にそれらを放り込み、それらを全て食道へと追いやった後、土方は思い切って尋ねることにした。









「お前さ、チャイナのこと本当はどう思ってんだ?」


ただでさえ、日ごろから気に食わない野郎に前触れもなしに意味不明な質問をされたので沖田の不快指数が急上昇した。



「ついにマヨの過剰摂取で頭までやられたんですかィ?土方さん。」


沖田の言葉に反論する気もなかった土方は、それを無視することにして言葉を続ける。


「いい加減正直になろうとか思わねェの?」


「アンタに言われたくありやせん。姉上のこと好きなのに、いつまでもウジウジして。」


「………。」


否定することのできない、事実を面と向かって言われた土方は言葉に詰まった。


昼下がりの教室に心地よい風が迷い込んできたらしく、白いカーテンがさらさらと揺れていてクラスメイト達は気分良さそうにしている。

土方自身も風の爽快さを感じ取った。そして会話を切り上げるように最後に言った。






「他人がとやかく言うことじゃないけどよォ、いい加減素直になった方がいいんじゃねェの。」














***


土方との会話を終わらせた沖田は、飲み物を買おうと教室を静かに出て行った。

廊下に出れば、自教室へ戻ろうとする生徒達が歩いている。窓ガラスからの太陽光が眩しかった。全てカーテンかブラインドでも下げて遮ってしまいたい衝動に駆られた。



ふと違うクラスの教室の丸い時計が目に入る。昼休みは残り数分しかなかった。



沖田は軽く舌打ちをすると、自動販売機に向かう自分の足の速度を上げる。


これも全て土方のせい。後で何か素敵な贈り物でもしてやろうと心に決めた。






それにしても。




俺がチャイナを好き?



鼻で笑いたくなるような、嘘ではない紛れもない事実。



ちょうど自動販売機の受け取り口から転がり出た炭酸の缶を開けたところで、飲み口から白い泡が吹き出してきた。



敢えて想いを告げないのは、アイツを誰かに奪われるかもしれないという不安など微塵も感じないからだ。

「彼氏」という枠なんかよりも、ずっと自分は特別なステータスにいる。その地位は他の誰にも奪うことは不可能であり、ましてや自分から明け渡そうなんて有り得ない。







生徒ロビーの前で、缶の中の液体を一気に飲み干した。喉の奥で音を立てる炭酸が爽快で心地よい。





生徒会によって厳しく定められたルールに従い、空き缶を軽く水洗いする。以前、飲み終わった缶を教室に置いておいたらこっぴどく土方に叱られた。奴はいつだって「風紀委員」という単語を持ち出してくる。



数メートル離れた緑色の箱に向かって空き缶を投げれば、空中に緩やかな弧を描くようにして見事に箱の中に納まった。



予鈴が校舎に響き渡ったのを確認し、教室に戻るために階段をゆっくりと上っていく。



何のために階段についているのか分からない滑り止めの黒いゴムを見つめながら一歩一歩進んでいたら、下ってきた誰かと軽い衝突事故を起こした。



「わりィな。」


男は一言謝って沖田の顔を見るなり動作を止めた。

相手の不可解な行動に沖田は眉を顰める。

伸びきった黒髪の前髪の間から見え隠れする白い眼帯。日本人離れした鼻の高さ。そして片目だけだというのに、相手を威圧するような鋭く妖艶な目。

不登校気味の校内一の不良、高杉だと沖田は自分の脳を起動させて思い出す。

無表情だった男が急に口元を上げ不敵な笑みを浮かべたかと思うと、男は沖田に向かって言った。



「残念だったな。じゃじゃ馬娘をモノにできなくて。」






その一言で、目の前の男が神楽の新しい彼氏であり、たった今二人で弁当をつつき合った屋上から帰ってきたところかと沖田は悟った。この場合、つつき合ったという表現は男の容貌からして全く不釣合いだと思いつつも。


顔の筋肉を微塵も動かさないで表情を変えずに黙ったままの沖田を気にするわけでもなく、そのまま高杉は足早に階段を下っていった。もうすぐベルが鳴るというのに、男が向かった先は恐らく下駄箱だろう。







溢れんばかりに差し込む日光が、踊り場のステンドグラスを通過し蒼い光に変わって沖田の茶髪を照らす。




「盗れるもんなら盗ってみろ。」




そう呟いた唇と微笑が湛えられた顔も、蒼く照らされていた。













君側症候群


(離れられない、多分ずっと)














<あとがき>
グラタンのはずだったんですが、誕生日関係なかった!(あほ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
第4回BLove小説漫画コンテスト開催中
リゼ