夏がすっかり秋の姿へと整え終わった、真夜中。


舗装されていない道を歩く。


時折、転がり落ちている小石が靴の底に食い込む感触を感じるがあまり気にしない。



暗がりの中、所々に白色を灯す場所に蛾が集まっているのが見える。



そして自分の先に道は相変わらず続いていた。何処まで続くのだろうなんてことは疑問に思わないのは、この道を自分が歩き慣れているから。







てっきり銀髪の男の所へ転がり込んでいると思ったため、其処に自分の新妻がいないことを知って「無駄足を運んだ」と言ったら酷い言い様だと非難された。





当たり前の反応をしたまでだ。でなければ、誰が好き好んで万年金欠の胡散臭い男の住処を訪ねるというのか。

にもかかわらず、自分の妻は其処を好き好んでいるのが少し癪に障るが。








自分の職場と妻の職場の中間地点。それぞれ徒歩が可能な距離ではあるが、平坦な道が長く続いていた。


横に広がる景色の移り変わりはなく、贅沢を言うようだが正直退屈だ。ただひたすら等間隔で街灯と住宅が建ち並んでいるだけ。所々それらの規則性を破っている部分もあったが。




早く、帰ろう。ただそれだけを考えていた。















***


世間一般では高級マンションの部類に分類される白の建物の8階。しかし十数年経てば色の劣化が激しくなるかもしれない、そんな色だった。



そこが自分達の住処。


オートロック完備で、部屋に入るまで何回ものセキュリティーチェックを受ける必要がある。そんなものは面倒くさいという妻の意見を無視して、半ば強引に住居を決めた。




エレベーターを降り、そこから数十歩で辿り着く玄関前のポーチ。ガチャリと静かな音を立てながら、門を開けさらにドアを開けた。

りんという音が可愛らしく鳴る。


ドアの上部分に季節外れの風鈴がぶら下がったままなのは、妻の性分がよく表れていると思う。





靴を揃え、ひんやりと床の廊下の冷たさを靴下の裏で吸収させつつ足を進める。

突き当たりのリビングのドアを開けば、中央のテレビの前に置かれたソファーに眠る兎。





ベージュの革製で少し背伸びしなければいけない値段のソファーであったが、とにかく寝心地が抜群だったので家具屋で即決したのを覚えている。







妻は薄いブランケット一枚に包まり、片腕を垂らし、豊かな橙色の髪も一部垂らしていた。



隊服の上着をソファーの端に掛け、軽く溜息を吐きながら妻の方に近付く。



目の前の猫足のテーブルの上には郵便物と新聞紙が散らばっていて、よく見ると白い封筒だけが一枚開封してあった。


妻宛の手紙を勝手に覗くのは人として如何なものかと思うので気にしないようにはするが、もしそれが男からだったら…と陳腐な妄想は考え始めると止まらない。

いつまでも立ち尽くすわけにもいかずフローリングの床に座り込み、ソファーの上で瞼をしっかりと閉じている女の顔を覗き込む。それでも微動だにせず、他人の気配に全く気がつかない妻に一抹の不安を感じた。





目の前にある、長い睫毛や小さい桃色の唇や雪肌に魅せられるうちに湧き上がってくる衝動。抑えられないということは分かりきっている。そして最初から抑える努力をするという考えすら少しも頭に浮かばなかった。
















***



急に胸辺りが肌寒くなったような気がした。続いて、その辺りを生暖かいモノが這う感触。



仕事場で苺ショートケーキを盗み食いし、ついでに酢昆布もコラボさせて食べたら意外にも美味しかった、という夢を見ていた時だった。



重い瞼をゆっくりと持ち上げ、まず視界に入ったのは白い天井。そして視界の端に映ったのは蜂蜜色の髪。

まさか、と思い慌てて上半身だけ起こす。




「何してるアルか…。」




ワンピースの前ボタンが全て外され胸辺りまで全て肌蹴ている自分を確認した後、目の前にいた男に尋ねる。はっきり言って寒かった。




「ちょっと充電を。」

「これが?」

「うん。」




さらによく見れば、鎖骨の下から胸元辺りまでにかけて白色と赤色の斑模様。大袈裟に呆れた表情を作ってみせても、効果はない。それでも表情を変えることはしなかった。せめての抵抗だった。



しかし、次の自分の行為は夫を動揺させるのには十分だったらしい。




「くしゅん。」




それを聞くや否や、夫は慌てて自分を抱きかかえ、リビングと短い廊下を駆け足で通過し寝室や客間の役割を果たすことのできる和室へと運ぶ。そして何枚もの毛布を巻きつけてきた。嵩張ることによって生まれた不快感はこの際我慢する。





「風邪引いたらどうするんでィ。妊婦なのに。」

「私頑丈アル。風邪なんかへっちゃらネ。」

「アホか。そういう問題じゃないんでさァ。」


そう言いながら僅かに怒ってみせる夫の顔を見て、何だか笑いたくなってしまう。心配してくれる彼の気持ちが彼にはあまりにも不釣り合いだった。






「でも元はと言えば、年中発情期男のお前のせいアル。」

「…………。」


肌蹴た自分の胸元を見つめた後、夫はうな垂れたように顔を下に向けた。恐らく反省をしているわけでもないだろう。




「しょうがねェだろ。お前は妊婦だからヤれないし、こうやって溜まった欲を発散させるしかないんでさァ。」


「そこまで正直に言わなくていいアル。」



聞いたのは自分だが、あまりにも率直な答えが返されたために体温が上がった。軽く頬を抓ってやると、手加減したつもりだったが痛かったらしく、彼は思いっきり顔を顰めた。




「あー早くヤリてェ。」


「後、4ヶ月は無理ネ。」

「まじでか。」



最初の頃に比べ随分と大きく膨らんだお腹を優しく摩りながら、それでも顔は不満そうな男の方に神楽は顔を向ける。

すかさず熱烈な口付けを受け、額には僅かな汗が滲んだ。深く唇を重ね合っている最中も膨らみを優しく摩ってくれる彼の手が温かくて、不覚にも閉じた瞼から水滴が流れた。


一滴だけの雫は目尻から耳の横を伝って、洗濯したてのシーツに小さな染みを作る。


幸せを形に表した灰色の模様は、きっと目にする前には姿を消してしまっているんだろうと思うと少しだけ寂しい気もした。けれど、それ以上の幸せが、自分の唇に重なるものと身体の中に宿るもの、二人の体温から感じ取れる。


二つもなんて、欲張りすぎるかもしれない。




そう思ったら、また二つ目の雫が落ちていった。












幸福に陶酔する蝶の舌


言葉にできない、

言えない、この幸せ。















<後書き>
雪様より44444キリリクで沖神激甘。勝手に未来設定にしてしまい申し訳ありません。しかも激甘…?と疑いたくなるような駄文ですね。雪様のみ煮るなり腐らせるなり、ご自由にどうぞ。リクエスト有り難うございました!

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