今更になって身体の節々が痛みを伴って、じんわりと響いてくる。
ちょうど肘の関節辺りと、腰の括れの辺り。原因は考えるまでもない。
それでも起床し早朝からの任務をこなさなければならないのだ。
衣服を身に着けていないのだから当たり前だが、布団を身から引き剥がせば肌寒く感じる。
いつまでも羽毛を被っていたいという誘惑にも勝った女には、次に自分にしっかりと巻きついている男の腕を引き剥がさなければいけないという難関が待っていた。
もう少し自分が歳を重ねていて肌の弾力性を失っていたら確実に跡が残るだろう、何てことを考え、老いに対して普段は感じることのない恐れの気持ちを自分に抱かせた隣で眠りこけている男を僅かに恨む。
ゆっくりと時間をかけ、漸く腕から解放されたことに安堵する。
しかし、ほっとするのも束の間。
甲高い叫び声、否、泣き声。
慌てて声の主の元に駆けつけるべく、恐らく上質であろう、い草が織り込まれた畳の上に裸足で立ち上がろうとしたが、女は腕を下の方向へ強く引っ張られ布団に強く頭を打ち付けて仰向けに倒れこんだ。
「何すんだヨ。」
全身の元からの痛みに、新しく追加された頭の痛み。倒れこんだ際に、頭を強打したせいらしい。
思わず顔を歪め、天井を仰ごうとすれば視界一杯に広がるのは恐ろしい程端整な顔の持ち主。
「今日は休日。もっと寝やしょう。」
「私はいつも早起きなんだヨ。お前は知らないだろうけど。」
決して家に帰ってくるのが一週間に一回くらいという男への不満の気持ちを込めたわけではない。
「昔は違ったくせに。」
「成長したアル。もう私は一児の母親ヨ。」
少しだけ誇りを持った表情で言ってみるも、相手が自分の夫なのだから大して意味はない。でも、心の隅でちょっとだけでもいいから褒めて欲しいという甘えた考えがあったと言われれば否定はできない。
一見穏やかに会話をしているようだが、二人の愛息子は相変わらず泣き叫び続けている。
「ホラ、お前は寝てていいネ。」
「一緒に寝てやしょう。何なら続きでもする?」
不敵な笑みを浮かべながら、自分の顔を見つめてくる男の顔は神楽に言わせれば変態そのもの。だが、サディスティックの割に打たれ弱いという厄介な性格の持ち主である夫に、そんなことを言えば結果は目に見えている。
昨夜から今日にかけて十分に紅く染めた首筋を、なぞる様に口付けてくる男に神楽は軽く大袈裟な溜息をついてみせる。
「あの子はどうするアルか?」
「放っておけば泣き止みまさァ、そのうち。」
「お前、それでも親アルか。」
「オウ。めちゃくちゃ溺愛してる。」
そう言葉を交わしている間も、男の唇は女の身体の隅々まで行き渡っていく。その行為が中断されることは決してないと理解しているので、女は敢えて無駄な抵抗はしない。
ちょうど男の赤い舌が神楽の耳を優しく撫でた時、部屋中に響き渡っていた泣き声が突然止んだ。
「ホラ、言った通りでさァ。」
「偶然ダロ。」
「何でもいいだろィ。とりあえず、これで朝もお前は俺のモンってことで。」
勝手なことを言う自分の下にいる男を見下ろす。
あまりにも嬉しそうな表情がそこにあったものだから、神楽は何も言えずに唇を閉じたままだった。
体温で温められた皴だらけのシーツに、さらに皴が付くことを想像しながら神楽はそっと瞼を閉じる。
「ただのヤキモチだったアルか。」
そう発したつもりの言葉も男の唇によって呑み込まれた。
それが少し憎たらしくて、ほんの少し歯を立てて舌を挟んでやれば、そのまま大量の唾を飲み込まされて激しく咳き込んだ。
どうやら自分は、どうしたって敵わないらしい。
神楽が潔く諦めの気持ちを抱いたのを察したのか、男は満足そうに微笑む。
タチが悪い、ホント。
男の肩ごしに天井を見上げれば、木の模様が歪んで見えた。
陶酔日和に戯れる
陶酔に紛れた嫉妬心。
<あとがき>
以前「子供アリの未来沖神!」というリクがあったので。微妙に前作の続きっぽいです。