よっ☆夏娘 後編
「気持ちいいアルー。」
どんどん加速していくオートバイに乗りながら、体に受ける風を感じて神楽は叫んだ。爽やかな気分に浸っている神楽に、運転中の高杉が言った。
「手ェ離すなよ?」
「当たり前ヨ。死んじゃうネ。」
そう言いつつも、落ちたらどうしようと少し怖くなったのか神楽は高杉の腰に回す腕の力を強めた。
兄貴・・・。
心配してるかナ・・・・。
◇◆◇◆◇
マンションのエントランスで待っていたのだが、ついに待ちきれず自動ドアを通り抜け外に出て待つことにした。
すっかりと夜の闇が支配する時間帯。
マンションの街灯のおかげで、周囲は明るいものの公道は暗い。
こんな道を一人で歩かせたくない。迎えに行きたいのだが、神楽とすれ違いになっては それこそ意味がないため総悟は気持ちを抑える。
もう一度、電話してみようかと総悟が携帯を取り出した時 遠くからオートバイの走る音が聞こえてきた。
しかもその音は段々とこちらに近づいてくるようで、大きくなってきた。
数メートル前に止まる黒塗りの大きいオートバイ。男とセーラー服を着た女が乗っていた。女は男の腰に腕を回し、体を男の背中にくっつけていて密着度がかなり高い。
お暑いカップルなことで。
同じマンションの住人だろうか?
などと考えた総悟は、ヘルメットを外した女を見て開いた口が塞がらなかった。
女は神楽だった。
「ありがとネ!!すごく助かったアル。ご飯も。送ってくれたのも。」
高杉にヘルメットを返しながら、笑顔で神楽は言った。
「ああ。いつかお前にも奢ってもらうから。じゃあな。」
高杉も僅かに口元を持ち上げながら言う。
神楽に後ろ姿を向けたまま手だけ振り上げてオートバイを発進させると、その姿はあっという間に遠ざり夜の闇へと溶け込んでいった。
ふぅと一息吐いて、体をマンションの方に向けた神楽は電柱に寄りかかる総悟を見つけて驚く。
「・・・・兄貴。」
思わず呟くと、じっと自分の方を見つめていた無表情の兄が歩いて近づいてきた。
ちょっと怖い・・・・。
と思っていたら、兄はもう自分の目の前にいた。大声で怒られるのか、或いは叩かれるのかと思い、ぎゅっと目を瞑る神楽。
しかし、感じたのは強く抱きしめられる感覚。
それも痛いくらいに。
「痛っ。「心配しただろーが!!」
力の限り神楽を抱きしめる総悟は、掠れ気味の声で叫んだ。
静かな夜のマンションと住宅街に、その声は少しだけ響いた。
頭を強く総悟の胸板に押し付けられている神楽は視界が限られていた。総悟のシャツが汗で僅かに湿っていることだけが感じられる。
背中に回されている腕は、ほんの少しだけ震えているようにも感じられた。
「ごめんなさい・・・アル。」
素直に神楽が謝る。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
やっと総悟が神楽を自分の腕から解放するも、神楽の肩を掴んだまま言った。
「もう二度と心配かけんな。」
「うん。」
兄のあの端整で綺麗な自慢の顔が 心配で歪んだ表情をしていたのを神楽は見て、心が痛くなった。
いつも自分は中々素直になれなくて、
冷たい態度ばかりとってしまうのに。
小さい頃、あれだけ仲良しだったから
これからだって今でも
本当は ずっと兄に甘えていたい。
けれど。
いつか兄貴に好きな人ができて兄貴が結婚する日が訪れるかもしれない。
そして私にも、いつか愛する人ができて幸せに結ばれる日が訪れるかもしれない。
そうなれば離れて暮らすことになる。
それは寂しいこと。
でも、きっといつか
その日は来るから……
兄貴がいなくても一人になっても、大丈夫なように 平気でいられるようになろう。
そう決心をして。
わざと反抗的な態度しかとらなくなった。
愛想を尽かされてもしょうがない と思った。
それなのに。
今でも兄はこんなに自分のことを心配してくれてるんだ。
不覚にも喉が痛くなる感覚に襲われ涙腺が緩んだ。
「ごめんネ。お兄ちゃん。」
先に歩き出していた総悟に、神楽はそう言いながら後ろから抱きつく。
腕に入れる力を強めて、
大好きな兄に抱きついた。
妹の予期せぬ行動に、総悟は混乱した。
何、コレ?
どういう展開!?
っていうか何この可愛い生き物。
っていうか 柔らけぇ…。
っていうか落ち着け、俺!!
理性が一瞬にして飛びそうになった総悟は、ここはマンションの前だと自分に必死に言い聞かせて何とか抑えることに成功した。
しかも曲がりなりにも、血は繋がってないとはいえ神楽と俺は兄弟。
俺としては全然気にはならないが、周りの目も一応ある。
「もう怒ってないから。なっ?」
抱きつかれたまま、実は心臓が破裂しそうな総悟は神楽の腕を取ると、自分の方に向き直させる。
上目遣いで、気のせいかもしてないが少し潤んでいる神楽の瞳を見て、二度目の理性との戦いに苦しまされた。
こんな密着度、一体何年ぶりなのだろうと頭の隅でそんなことを考えていた。
ヤバイヤバイヤバイ。
「本当アルか?」
「ホント。だから家帰ろう?」
吸い込まれるような神楽の神秘的で美しい碧眼を至近距離で見つめてしまい、(その上、オプションで上目遣いだったため)沖田の理性は極限まで引き伸ばされていた。
しかし、ここで変な気を起こし、変な行動をとれば せっかく良い雰囲気になれたというのに、神楽にまた避けられる可能性が高くなると判断した総悟は、神楽の手をとってゆっくりと歩き出す。
◇◆◇◆◇
結果的に久しぶりに神楽と良い雰囲気になれた総悟は大いに満足していた。(あくまでも兄弟としてだったので少々不満だったが)
しかし、ソファーで神楽が総悟の隣に座り一緒にカルピスアイスを食べている時にある衝撃的なことを思い出した。
(あのオートバイ男、神楽の何なんだっ!!??)
聞くべきか総悟は悩んだ。それはもう死ぬ程悩んだ。それもそのはず。だいたい、もし「あの男、神楽とどういう関係?」とか聞いてみて、返ってきた答えが「彼氏。」だったら、もう多分 俺は死ぬ。キッチンの奥に閉まってある婚姻届も無駄に終わる。ただの紙の無駄遣いとなる。地球に優しくできなくてごめんなさい。
などと心の中で凄まじい葛藤を繰り広げた総悟は、余程長いこと考えていたのだろう。
隣で一足先にカルピスアイスを食べ終わった神楽が、総悟の顔を覗きこんで不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「兄貴?どうしたアルか?そんな怖い顔して?本当はまだ怒ってるアルか?」
神楽の問いかけにアイスを半分口にくわえたまま、これでもかという程顔を横に振る総悟。その仕草の効果音が聞こえてきそうだ。
「違う。全然そうじゃなくて・・・。」
珍しく煮え切らない態度を見せる総悟に、ますます神楽は首をかしげる。アイスがなくなった木の棒を口で持て余しながら。そんな彼女の仕草も、総悟にとってはストライクらしい。
もう、こうなったらヤケクソだと覚悟を決めた総悟は あくまでも落ち着いたような様子で尋ねる。
「神楽。」
「なーに?」
「さっきのさ・・・。」
「うん?」
「オートバイの男・・・ってお前の彼氏?」
神楽からの返事を待つ一瞬の時が、永遠のように感じられたとかそういう次元の話ではない。死の宣告を待つようだといった描写の方が当てはまる。
口の中のアイスが完全に溶け終わった。
「高杉のことアルか?彼氏じゃないヨ。学校の先生アル。」
「えっ?アイツ学校の先生なの?」
何か、そっちの方が危なくないかという思考が頭を過ぎる。
「彼氏じゃない」という神楽の一言で自分がとても安心感は覚えたたが、ひとまず事実が判明すると別のことを心配しだす。これが悲しい人間の性なのか。
というか、あんな若い男が教師だなんて世の中も変わったものだ。
「兄貴、私もう眠いから寝るネ・・・?」
またも一人で悶々と考え事をしていた総悟は、神楽の一言に はっとする。
「ああ。早寝は大事だからな。」
突然一人の世界から引き戻された総悟は、若干可笑しなことを言ってしまったかと自覚しつつも気にしないことにする。
「うん。おやすみ、兄貴。」
神楽の愛らしい笑顔で「おやすみ」と言ってもらえるのも久しぶりだった。愛しい妹の笑顔を見た総悟は、さらに欲が出る
なんだか酔った気分だ。
カルピスにアルコール成分はないはずなのに。
「なァ、神楽。」
ソファーから腰を上げようとしている神楽を引き止める。
「おやすみのちゅーして。」
気がついたら、口が勝手に動いていた。ありきたりな表現だとは思ったが、本当にそうなのだから仕方ない。
「えっ・・・?」
「昔、よくしてたじゃん。」
ニヤリと笑いながら神楽に言う総悟。
最近は、妹に反抗的な態度ばかりとられていたため、神楽に対して下手に出ることが多かった総悟だが、一度調子が良いと、とことんノるタイプのサディスティックな男であるのは昔から変わらない。
一方、お願いされた神楽は赤面している。
アイスを食べたばかりなのに、体が火照っているのを神楽は感じていた。
突然の恥ずかしい要望に戸惑いはしたが、神楽も神楽で何だか今日はいつもとは違う気分だった。
「今日だけヨ・・・。」
そう言って、ゆっくりと身をかがめて総悟の整った顔に自分の顔を近づける。ぎゅっと目を閉じながら。
柔らかい唇に、自分の唇を重ねながら 総悟はキッチンの引き出しに閉まってある婚姻届を一年後に出しに行こうと密かに決心した。
絶対に、紙の無駄遣いには終わらせない。
あとがき
はい。すみません。長い上に、超駄文しか書けなくて・・・。
でもハッピーエンド!!
血のつながりがないから二人は結婚できるはず。
もしかしたら、何処かでまた続きを書くかもしれません・・・。
ひっそりと。
その時はよろしくお願いします。