Mr.ラブフルーリー




油っぽいポテトの香、立ちこめる熱気。俊敏な動きで作業をする人々、飛び交う店員達の声。

客がよく喋り、よく笑う。

賑やか過ぎる店内と工場のような流れ作業を行う店員達という独特の雰囲気を持つのは、ここがファーストフード店だから。




3ヶ月前、働き始めたばかりの時はロクにレジ打ちも商品を用意することすらもできなかった。

先輩達にかけた迷惑の数は両手では数え切れない程。

一体いつになったら、自分の胸ポケットにつけられた『研修中』というバッチが外れるのだろうと思っていた。


2ヶ月が経過し、自分の名前だけが表記された名札になり、ポケットが軽くなった気がした。


厨房での仕事も任されるようになったため、熱気で曇る瓶底眼鏡は外しコンタクトにするようになった。



今では、どんな仕事もこなせる。

高校生の時給のため、あまり高額は稼げないが中国からの留学生として半年前から日本の高校へ編入してきた神楽は、学費は全て奨学金でまかなわれているが生活費は厳しいために、バイトをするしかない。










「チーズバーガーと水。」

随分安上がりなこと。100円で店に長時間居座るであろう女子高生達。



「ナゲットとポテトとチキンサラダ。」

サイドメニューだけ?メインは頼まない不思議なサラリーマン。そして妙に自分のことを見つめてくるのも気味が悪い。




「アイスコーヒー1つお願いしやす。」


先程の女子高生と同じ安上がりな奴と思いながら、その声に嫌な予感がして目線をレジのボタンから、客の顔に移した。



爽やかな笑みを浮かべながら、恐ろしく整った女顔の男。




「げっ。」


「『げっ』とは客に向かってあんまりじゃないですかィ?」



と言いつつ、目の前の男は表情を全く崩さない。隣のレジに並んでいた女の客が、ちらちらと目線をこちら側に向けてきているのが神楽の目の端に映った。



「テメェと余計な言葉を交わしてる暇はないアル。」

一言返すと、さっさとレジの数メートル後ろにあるコーヒー製造機の所へ行き、コップの中に液体を流し込みと氷を放り込んでアイスコーヒーを作り終えた。



飄々とした顔で、周りの女性客の視線を独り占めにしながら待つ男の前に、こぼれないようにしながらも乱暴に紙コップを突き出してやる。



「何か量少なくねェですか?」


「少なくねーヨ。文句あんだったら、3軒先にあるミスバーガーにでも行け。次のお客様どうぞー。」



嫌悪に満ちた顔を一瞬見せた後、すぐ営業スマイルに切り替えて、男の後ろに待つ客に呼びかける。




「その顔、そそられるねェ。」


ワケの分からないことを呟きながら、コーヒーを受け取ってレジの前から男は去っていった。














***

あの男(確かオキタとか言う奴)が頻繁に、この店に姿を現すようになったのは、ちょうど一ヶ月前くらいから。


レジ打ちや、その他雑用を任されていたある日、4人くらいのグループで来店していた男子高校生のうちの一人(ゴリラのような風貌だったので良く覚えている)がポテトとアイスティーを派手にひっくり返したのだ。


「すみません。」を連発するゴリラ学生に、神楽は「大丈夫ですヨ。」と笑顔で何枚ものナプキンと布巾を使って全てを完璧に片付けた。



その4人グループの中にいたのが、オキタ。











次の日学校へ行くと、思いがけない事実が判明した。


なんと4人の男は神楽と同じ学校の生徒で、1つ上の先輩にあたることが判明したのだ。

だからと言って、学校で言葉を交わすというわけではなく、学年も違うため(しかもオキタは3年という受験生)滅多に会わない。



とにもかくにも、その日から、オキタという奴は、ほぼ毎日やって来る。いつもは友達と来るのだが、今日のように奴が一人で来るのは初めてだった。




そして来る度に「飲み物溢した」、「味が変」、「スマイルは?」等々の嫌がらせに近い行動と発言を繰り返すという、神楽にとって迷惑以外の何者でもない奴である。


そういう時の奴は、表情が生き生きとしていたため、神楽は「気に食わない女男」という印象に、根っからのサディスティック野郎というデータを上書き保存した。














レジ打ちを交代し、休憩しようと思ったらテーブル拭きを頼まれた。本当は気分が乗らなかったが、しょうがない。



極力、あの男のいる場所には近づかないようにして空いたテーブルを拭いていく。


こびり付いたゴミが中々とれず、悪戦苦闘していたら耳元で囁かれた。





「今日何時上がり?」



背筋がぞわっとして、神楽が後ろを振り返ると立っていたのは あの男。


「教えるかヨ。」と言い返そうと思ったが、この男は無駄に周りの客の注目を集める男だったことを思い出す。



これ以上、客と一緒に店員がいるところを店長にでも見られたら厄介なことになるかもしれなかった。



「7時。」


「嘘じゃねェよな?」


「本当アル。」


「じゃあ それまで待ってまさァ。帰り声かけてくんねェ?」




自分の返事も聞かず、席に戻っていく勝手な男の後ろ姿を見つめながら呆然とする。

布巾を持ったまま、立ち尽くしていたら他のバイト仲間に「大丈夫?」と声をかけられたため、慌てて仕事を再開した。













***


時計の長針が0を、短針が7を指したため、控え室でセーラー服に着替え、荷物をまとめてロッカーを閉じる。


裏口から出ると、もう男はいた。



どんな顔をして、彼の所へ行けば良いのだろう。



少なくとも、笑顔は有り得ないなと思いつつ、罅割れたコンクリートの壁に背中をつけて待っている男に向かって神楽は歩いて行った。

















これは湿った夏の重い空気の下の出来事で、これから訪れる乾いた冬の空気の下で、この男と私が手を繋ぎながらバイト帰りの道を歩くことになるなんて思いもしなかった。







「一目惚れだったんでさァ。」


今更ながら、昔店に毎日来ていた理由を明かす、彼のちょっと恥ずかしそうな、はにかんだ表情を隣で見ている私。




緋色に染まる、頬と空。

















<あとがき>

あんころ様より壱万打リクエスト、沖→神パロでファーストフード店で働く神楽ちゃんに嫌がらせも兼ねて毎日会いにいくドS沖田君。な小説・・・・なハズでしたが、すみません。私の手にかかると全てが駄文へと変身を遂げます。全然、リクに添えてない気がしますが、これが限界です。本当にごめんなさい。でも、現代パロが大好きな私はノリノリで書かせて戴きました。

あんころ様のみ、お持ち帰り自由です。勿論スルーして下さっても構いません。

リクエスト、有難うございました!!

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