※3Z















妙な感じがした。寝ぼけ眼の状態のまま洗面所へ向かう。鏡の前に立つ。掌を少しだけ濡らして髪を湿らせる。歯磨き粉と洗顔フォームを危うく間違えそうになりながら、顔にばしゃりと水をかけた。まだ妙な感じがする。そうか、今日は卒業式だった。



「勘弁してくれ」


ハンガーにかけておいた漆黒の学ランには3年間お世話になった。汗臭くなるたびに姉が日干しをするかクリーニングに出してくれた。それを着て授業をサボったり、クラスメイトと激しい格闘をしたり、エロ本を読んだり、ゲーセンで何時間も過ごしたり数えきれない時間を共に過ごした。


そんな相棒の変わり果てた姿を見て、沖田は肩こそ落とさなかったものの頭を抱えたくなった。あのクソ女。最後の最後までやってくれるじゃないか。手を伸ばした先にあるのは紺色の少しだけ傷がついている携帯電話だった。













セーターを被らなければ自然と臍を曝け出してしまうというセクシーショットを頭の中が常に花畑の男どもに提供する気はさらさらない。ところどころ毛玉が見え隠れして、さらに袖口が黒ずみ始めている白いセーターを頭から豪快に被った。


セーラー服というのは温度調節がブレザーに比べて難しいと聞いたことがある。でもジャージやら膝かけやらアイスノンやらというあらゆるアイテムを駆使してきた神楽にとって、セーラー服をそんなに不便だとは感じたことがない。



「あばヨ」



鏡を見つめてひっそりと呟く。今日で袖を通すのも最後となる。3年間このセーラー服を着て暴れまわった数々の思い出達は、登校前の朝に頭の中で再生しきれる量ではなかった。まぁいっか。想像するだけで反吐が出そうな校長の長くて退屈な話の時にでも思い出せばいい。


センチ何たらとかいう気分に浸るのは自分には全く似合わないと分かっていても、何だか心の何処かがしっとりと濡れているような感覚があった。目も潤んでいないのに、涙腺も緩んでいないのに可笑しい話だった。





机の上に置いてあった携帯電話が突然目が覚めたようにぶるぶると激しく振動し始めた。静かな部屋に木とプラスチックがぶつかり合う音が大きく響く。仕上げたばかりのお団子頭を指でぼりぼりと掻きながら、液晶画面を覗いて電話をかけてきている人物を確認する。カーテンの隙間から零れる日光で白く反射する画面は全く見えなかったが、何となく相手の想像はついていた。





「只今クソ多忙なため電話に出ることができません。ご用件のある方はど「あのですねェ、クソ多忙なクソチャイナさん」


「電話に出れないって言ってるだろクソサド」


「どーせ出れるだろ。それよりお前やってくれたなコノヤロー」


「何の話かさっぱりネ。やってくれたな詐欺はもう古いアル」


「そんな詐欺ねーよ」


「じゃあ何アルか。オレオクッキー113枚献上してくれるアルか」


「俺の学ランのボタン全部むしり取ったろ」


「だって闇市で売れるから」




電話の向こうで深くて長い溜息が吐かれている。全てを聞く気はないので、真っ赤なスカーフの形を軽く整えながら聞き流していた。まぁ小指の爪の垢ほどは感謝している。奴の学ランにひっついていた金色の円形のおかげで、暫くは卵かけご飯デラックスバージョンを朝食にいただくことができそうだ。たんぱく質取り放題だ。



「そんなに俺のこと好きならもっと素直な愛情表現をだな「御目出度い奴アルな」


「冗談だろーが。それよりこんな滑稽な姿で卒業式に出たくないんですけど。何か屋上から飛び降りたい気分なんですけど」

「じゃあさっさと学校行って飛び降りろヨ。花束置いてやるネ」



正直こんな終わりの見えない会話を奴と続けている場合じゃない。今日はせっかく高校生活3年間通算で一番早い時間に起きることができたというのに、あと5分以内に家を出なければ遅刻だ。定春の背中にお世話になるのも昨日が最後だと思ったのに。やっぱり沖田は最後まで厄介な奴でしかないらしい。




「嘘アル。目の前で飛び降りられたら堪ったもんじゃないネ。飛び降りるなら卒業式終わった後にでもご自由にどーぞ」

「あり?それは愛の告白フラグ?」




最後の一言を聞き終わるや否やパタリと携帯を二つ折りにした。途端に訪れた静けさに耳が困惑しているようだ。つまらない校長の話を聞いているより、最後に屋上で奴と格闘技を見せ合うのも悪くはないような気がする。黒パンも穿いているし、足蹴りにもちょうど対応できている。



電気のスイッチを人差し指の腹でしっかりと押した。ぼんやりと薄暗いであろう部屋を見てしまったら何となくさびしくなる気がする。後ろを振り返らずにドアを開けた。勢いよく吹き込んでくる風に春の匂いがした。














りん様のリクエストより『3Z』を書かせて頂きました。塩をさらに塩でトッピングして塩のふりかけをしてしまったようなおっかぐになってしまいました。こんな駄文ですが捧げさせて頂きます。リクエストとお優しい御言葉本当に有難うございました。



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リゼ