※現代パロ
※眩恋モノグラムの続き
※ぐらたんのつもりらしい
※ハピバにかすってもない















「げぇ」


それはごく最近、それも2回も使われた感嘆の言葉である。一つは同じマンションに住む四歳年下の幼馴染が自分と同じ会社に就職したと報告を受けた時で、二つめは久しぶりに体重計にのった時だった。



「お前…出版社には興味ないって断言してなかったアルか」

「記憶にございません」



お前は政治家かとありふれたツッコミをする気にもなれなかった。隙あらば夜這いをしかけてくるようなケツの青い餓鬼が自分と同じ会社に入社してくることを誰が歓迎できようか。答えは否だ。最初から真実が分かっていたら就職祝いも奮発することなかったのに。汗水垂らして身を粉にして働いた私の給料の一部を返してほしい。酢昆布を箱買いしていた方がよっぽど有意義なお金の使い方ができたはずだ。



「これからよろしくね。せ・ん・ぱ・い」



悪魔の囁きは神楽の耳を右から左へと抜けることはなく、右から入ってひたすら彼女の頭の中をぐるぐるとしつこい煙草の煙のように巡っていた。













***











もはや流行りを通り越して年中無休あちらこちらで耳にするようになった言葉がある。少女から主婦、青年から中年親父までという世代や性別に関係なく誰もが口にする単語だった。その言葉に重みはない。強迫観念とも言えるような、無意識のうちに口から出てしまうのだった。



「ダイエットしなきゃ」


粒餡がたっぷりとかけられた2つめの串団子に手を伸ばしかけた時、すぐとなりから聞こえてきた絶望的な声に少しの間動きを止める。団子を頬張る。至福の一時だった。団子って何でこんなに美味しいのだろう。もちもちとした食感に加え、チョコのように口の中で一瞬にして溶けない噛みごたえがある。パフェやケーキも勿論大好物だが、和菓子の魅力も相当なものだ。改めて惚れ直した。



「ほひゃほへ」


さすが長年の付き合いである友人は自分の返事を即座に理解したらしい。


「神楽ちゃんは必要ないでしょう。それ以前に何でそんなに食べてるのに太らないの?」


「ほんひゃことないネ」



そうなのだ。確かに前までは幾ら胃袋の中に食べ物を詰め込んでも太らないと自惚れていた。しかしこの数週間で状況が変わってきた。父が接待のゴルフで健闘し、見事勝ち取った商品で体脂肪率も測れるという優れもののデジタル体重計は残念ながら液晶画面が使用3年目にして壊れていた。それが何が起こったのかはわからないが(もしかすると兄が荒治療としてハンマーで叩いてみたのかもしれない)数日前に復活したのだ。復活記念に体重でも測ってやるかという上から目線で台の上に足を置いた神楽は硬直した。上から目線には違いない。神楽の瞳に映ったのは足元で表示されていた信じがたい数値だった。



「まさかそれが理由で今日の部長の約束断ったの!?」

「何で知ってるアルか」


遂に全ての団子を食いつくした神楽は急に手持ち無沙汰になってしまい仕方なく右手で頬杖をついた。ぷくっとした頬の肉に指の爪が食い込む。これは本当に忌々しき事態だ。早急に手を打ってしまおう。



「そりゃ歩くスピーカーと評されてる沖田さんのお陰よ」

「あのサドはロクなことしないアルな」

「彼すごいイケメンじゃない。事務の女の子達の目見たことある?見事にハート型になってるかほっぺたが林檎色になってて面白いわよ。あれは一見の価値ありね」

「世も末アル」

「でもダイエットだけの理由で高級ホテルのブィッフェ断っちゃうなんて勿体ないわ」

「別にダイエットだけが理由で断ったわけじゃないネ」

「他に何の理由があったの?」

「油ギッシュ」


たっぷりとした脂がのっていそうな肉がベルトの上にのっかり、肉汁と判別できない液体を額に滲ませ、書類をめくる時わざわざ指に自分の唾液をつけて捲る男を思い浮かべるなり二人は同時に吹き出した。


「「アレはない」」















***







寝ぼけ眼の状態で液晶画面を見つめ、さらに硬直し使い物にならないレベルにまで達した指をキーボードの上で無残な姿で躍らせる。給湯室で淹れた温かいコーヒーは牛乳を
注ぎすぎたおかげでアイスカフェオレと化していた。



「珍しいなァ、チャイナが残業してる。明日は空から飴でも降ってきそうだな」

「いちいち五月蠅いアルお前は。その口ジッパーで閉めてやろうか」



午前中からデスクの机の中にこっそり忍ばせていた酢昆布と煎餅をつまんでいたせいで、お世辞にも早いとは言い難い仕事のペースがさらに下がっていた。昼休みにも友人の横でダイエット宣言をしつつ団子を頬張っていたことも思い出し軽い自己嫌悪に陥りそうだった。自分の中で芽生えた珍しい感情に神楽は戸惑うと同時に苛々していた。そして同僚からの憎まれ口ときた。ふつふつと何か込み上げてくるものがあってもおかしくない。


「そんなカリカリしてると禿げるぞ。糖分足りてないんじゃねェの。それとも、あの日とか」

「冷やかすだけならさっさと帰るヨロシ。どうせ仕事ないくせに」


凝りに凝った肩をどうすることもできず、全く意味のない行為だと分かりつつもただ首を回すしかなかった。回している途中でちらりと沖田が自分のことをじっと見つめてきているのが視界に入り慌てて画面と顔を向き合わせた。たまにアイツはああいう顔をする。胸が少しだけ締め付けられる気がするから正直彼のあの表情はあまり好きではない。


「チャイナにとっておきのご褒美用意したんだけど」

「そんなこと言って、いつもチューかディープかそんなセクハラ紛いのことばっかりアル」


きっかけは数年前の彼の誕生日だった。珍しく手作りハンバーグを振る舞った夜、料理を平らげ満足そうな彼の表情が一変し、ただの狼となった。結局ソファーに押し倒され、首筋に噛みつくようなキスをうけ、我にかえって彼の鳩尾に鉄拳を喰らわせて危機は何とか回避したものの、その事件からどうやら開き直ったらしい沖田はそれから事あるごとにセクハラするようになってきた。


「今回は真面目にプレゼント」

「信用ならないネ」



目がくらくらするような数字の羅列が表示されていたエクセルを閉じ、真っ白なスライドが画面一杯にうつるパワーポイントをうんざりしながら開くと鼻を掠める甘い香りがする。くんくんと鼻の穴を広げるようにして香りの正体を探ってみるが正確には分からない。なんとなく蜂蜜のような。それともメープルシロップだろうか。この男の髪がいくらそれらに近い色をしているからってまさかね。などと有り得ないことまで思い浮かんでしまう。


「まじでか」


普通の男なら持ちそうにもない可愛らしい薄桃色のハートがワンポイントのお弁当箱はきっと彼の姉の私物に違いない。容器の中におさまっていたのは二つにスライスされたイングリッシュスコーンとその表面にとろけながら滲みかけているバターと蜂蜜だった。


「気にいった?」

「かなり」


するすると育ち盛りの朝顔の蔓のように勝手に自分の首に巻きついてくる奴の腕を今日だけは許してやろう。噛みしめたら予想通りの甘くて幸せな味がぱっと口の中で広がっていった。何ならこの味も少しだけならわけてやってもいいかもしれない。そんなふうに調子づいたことを考えていたら、いつの間にか目の前にもうひとつの蜂蜜色が迫ってきていた。




ダブルハニーバーガー






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